「調子はどう?『草薙さん』」
在素は冷ややかに問う。
上総達と同じく、例の細菌兵器の被害に遭った『某ライバル会社』の社員達も、
この病院へ入院しているのだ。
在素は草薙京介と草薙茉莉亜のいる病室を尋ねてきているのだ。
「何故……私たちを助けた、アリス。
あのまま放っておけば邪魔者は始末できたはずだろう」
「別に、あんた達を助けたくて助けた訳じゃないわよ。
あんた達が死んだら上総さんが殺人犯になっちゃうから、ただそれだけよ」
「………この…生意気なガキが………」
京介は悔しそうに言う。
「ふん、その生意気なガキに命救われたのはどこのどいつよ?
まあいいわ。それじゃ、具合もいいみたいだし、行くわね。」
病室を去ろうとする在素。
「いいか!今回はお前のその頭脳に免じて手放してやるが、
我が社の財産であるお前には、いずれ戻ってもらう!それを忘れるな!!」
負け犬の遠吠え的に叫ぶ京介に、
「い・や・よ!」
在素はワザとバカにするかのように『あかんべえ』をしながら言うと、
病室を去っていった。
「くそっ……あの小生意気なガキが……」
5歳児に小馬鹿にされ、怒りを募らせる京介。
「仕方ないわよ。今回はあの子に救われたんだもの」
カーテンを閉じた向こうには、草薙茉莉亜がいた。
妙にあきらめの良い義理の妹に、京介は疑問に思う。
「…あのガキを一番取り戻したがってたのはお前だろう。
いいのか?何も言わずに放っておいても」
京介の問いに、茉莉亜は布団を力強く握る。
「…今は仕方ないわ。
……でもいずれは……必ず、あの子を取り戻す!
……だってあの子は……私の頭脳を引き継いだ、たった一人の娘なんだから」
それから1週間後。
上総と沙織は無事に退院した。
「おめでとうございまーす!」
看護婦達に花束を受け取る二人。
社員達は、平日のため全員会社だ。
「いや~無事に退院できてよかったねぇ!明日から仕事バンバンやるぞーっ!
…千雪ちゃんもそうとう仕事溜め込んでるだろうしね(笑)」
そう言って、嬉しそうに背伸びをする沙織。
「そうですね…僕も明日から頑張らないと…」
二人で病院のロビーを出た瞬間。
「桐島さーんっ!寂しいですよぉっ!」
「退院しちゃうのねっ、桐島くんっ!」
「桐島さんっ!退院おめでとう!!」
突然、看護婦と入院中の若い女性の軍団に囲まれる上総。
入院中、上総は若い女性に大モテだったのだ。
「う…うわ、ちょ、ちょっと待って下さいっ!」
女の子にもみくちゃにされる上総。
「モテる男はつらいねぇ~。んじゃ、先行ってるよーん」
沙織は呆れて先を行く。
「ま…待って下さいよ!沙織さんっ!!」
上総は、女の子達に頭を下げて、沙織の後ろ姿を必死に追う。
「あらぁ、別にあたしのことなんて気にしなくてもいいのに~。
どーせ会社で会えるでしょ。」
「で、でもっ………」
軽くあしらう沙織に、上総は何も言えず顔を真っ赤にする。
「んじゃ、いっこだけ聞いてもいい?」
「は……はい」
「あんた、あたしのこと好きなの?」
「!!」
いきなり核心にダイレクトに問われ、上総は頭を沸騰させる。
それだけで沙織には問いの答えが分かってしまう。
「…あたしは、あんたの亡くした奥さんに似てるだけの女だよ?
似てるから、好きだってそう錯覚してるだけなんじゃないの?」
「違います!僕は沙織さんが好きなんですっ!!」
勢いで大声でそう叫んだ上総。
ロビーにたむろしていた上総ファンの女性達は、驚いてこちらを見ている。
通院に来ているお年寄り達が、
若者の威勢の良い告白をほほえましく見守っている。
叫んだ後、上総は照れの極致で足下をふらつかせる。
そんな上総を見て、沙織は大笑いする。
「あっはっはっはっはっは!! よく言ったね!」
大いに笑われ、上総は少しムッとする。
「ほ……本気です!」
「はいはい。…おっと、お迎えが来た!」
病院の前に、車で颯爽と現れたのは、姉の瀬上奈津恵であった。
両親と不仲の沙織のために、有休を取って親の代わりに迎えに来たのだ。
「んじゃーね、桐島さん」
沙織は特に表情を変えずに、車の方に向かおうとする。
もしかして…本気に取られてない…?
「さ、沙織さん!待って下さい!!」
不安そうに叫ぶ上総を、沙織は人差し指でビシッ!と指す。
「いっとくけど、蔵石沙織は超手強いぜv」
そうイタズラっぽく笑うと、奈津恵の待つ車に向かって走り出した。
走り去る沙織の背中に、上総は顔を真っ赤にしながらまた叫ぶ。
「のっ………望むところですっ!!」
車に乗って去っていった沙織と、それを見送る上総の間に、
心地よい初夏の風が、新緑の香りを運んできた。
もうすぐ夏が来る。
END