[小説]正義が禁忌を犯す時(終)

小説/本文

犯人は無事、逮捕された。
ニュースや新聞では、大きく報道されている。
犯人が捕まったことも話題の一つなのだが、
注目されたのは、犯人が警察署の前にダンボールに詰められて
『置かれて』いたことだった。
ダンボールを開けてみると、ズタボロになった犯人がそこに居た。
犯人を仕留めた人間の正体は、何も手がかりがなく謎に包まれたまま、終わった。
ちなみに犯人は全治3ヶ月だという。

「あらあら、見てみて♪またTVでやってるわよ♥♥
食堂のTVを見ていた安藤椎子が浮かれる。
「ふ~ん、『総力特集!!新世紀の必殺仕事人を探せ!!』だって。
これがうちの会社の人かと思うと、笑っちゃいますよねえ。」

椎子の目の前に座る三輪歓子が、お菓子をほおばりつつTVに目をやる。

高熱をおして犯人捜索をしていた結佳は、
それまでの無理がたたり、一週間の入院を余儀なくされた。
入院中は、両親がずっと付き添ってくれていたという。
そして今日から、結佳はいつも通りに出勤している。

午後7時。
終業時間もとうに過ぎ、オフィスには誰もいなくなった。
長い間仕事を休み、仕事を山のように溜めてしまった結佳を除いては。
しかし結佳は、それを物ともせずに、テキパキとこなし続けている。
「大分進んでいるか?」
席を外していた早瀬が、オフィス内に戻ってくる。
「あ、はい…。後数日はかかると思いますけど…」
「…そうか。」
それだけ答えると、暫くの間静寂が続く。
仕事をしつつも、結佳はその沈黙の間がやけにこそばゆく感じた。
何かを話していないと、緊張が増す一方だ。
「少し、一息入れませんか?…お茶、入れますわ…」
逃げるように湯沸し室に向かう結佳。

総務部の一角のすぐ隣にある、応接用のソファに腰掛けた二人。
そこで二人は、黙々と紅茶を飲み始めた。

「あれから…具合はどうだ?」
「…はい…大分、良くなりました…」
「そうか、良かったな。」
言葉数は少ないが、その一言だけでも、彼の安堵の気持ちが十分に伝わってきた。
自分のために、社長や社員たちに頭を下げたという彼。
そして…自分のために体を張ってくれた彼に、
……彼にだけは知ってもらいたい……。
そういう思いが込み上げてきた結佳は…ふと、口を開いた。

「……わたしの、本当の両親は……わたしが4つの時に、殺されたんです。」

思いがけない告白に、早瀬は目を丸くした。
だが、真剣な眼差しで静聴する。
「わたしが幼稚園のお泊まり会で留守の時に…強盗に…
その時、遠い親戚だった今の両親に引き取られました。」

「…………………」
「今の両親には、本当に感謝しています…
けど、本当の両親のことは忘れられるはずもありません。
両親を殺した犯人は、未だ捕まらず……どうしても、歯がゆくて…
だから、わたし…世の中の悪が、全て許せなくなってしまって…」

徐々に、感情が高ぶってゆく。そして…
一粒、また一粒と…結佳の瞳から涙が滴り落ちる。
「今の…家族は、絶対に私が守るんだ…って、そう思って…
けど結局皆さんにも…家族にも、心配を掛けるだけに…終わってしまって…
でも…わたし、馬鹿ですよね。
こうなってみて初めて、奥田さんに言われた言葉の意味を、実感したんです…」

「……何を?」
「私がこの病院に運ばれて…両親が駆けつけてくれたとき…
『これ以上、娘が傷ついてゆくのを見たくない』って…言われて、泣かれて…
無闇に命を掛けることが、こんなにも親不孝なことだったなんて…」

「だから言っただろう。」
「………けど…けど!わたし……!!
こうなってみても、やっぱり悪は許せないんです!
無茶はいけないって頭では理解できても、感情がついていかないんです!
わたしがこうしてる間にも、犯罪は起きていて、
…わたしみたいな、犯罪遺児も、どんどん増えていって……っ!!」

「…落ち着け!」
涙をぼろぼろ流し、ありったけの感情をぶつける結佳を、早瀬は抱きしめた。
「…………!!??」
一瞬、何が起きたかわからなかった結佳は、心臓が爆発するかと思うほど驚く。
「何も、君一人が苦しむことはない。」
「………?」
「…今回みたいに、君の周りには…君に協力してくれる者がたくさん居るのがわかっただろう?
全て一人で解決しようとするのが悪いんだ。きっと…力をあわせて努力すれば…
君のご両親を手に掛けた犯人も、きっと捕らえられて、法に裁かれる日が来るだろう。」

「…………本当に………?」
「だから、もう…泣くんじゃない。」
「………………」

「……君は、俺が……」

「お~~い、誰かいるのか?」

突如、緊張感走るオフィス内に、割って入る声。
4階のオフィスで残業をしていた遠山 満が、
人影が無いのに電気がついている2階オフィスを不審に思い、現われたのだ。
その声と同時に、我に返ったかのように、結佳を抱く腕を解く早瀬。
「……済まない……!」
早瀬がソファから立つと、満は早瀬の存在に気づく。
「お、奥田!? いたんか!オレてっきり誰もいねぇのかと…」
「…失礼します!」
満の声も聞かずに、早瀬は逃げるかのようにオフィスを去った。
満は、首を傾げつつも、
結佳の存在には気づかないまま自分のオフィスへと戻っていった。

走りながら、早瀬は自分の行動を疑った。

(俺は………俺は何をやってるんだ!?
今……彼女に何を言おうとした!?)

 ”…君は、俺が…”

(…その後、なんて言おうとしたんですか…? 奥田さん……)
結佳は涙が止まらなかった。
それは、亡くした両親のためでもなく、今の家族のためでもなく。
自分の中にある…『あるまじき感情』を、知ってしまったため。
早瀬に抱きしめられた時、結佳は確信した。

奥田早瀬に恋している。

恋人のいる人を好きになるということ。
それは…正義を貫き通す人生を歩む結佳にとって、
生まれて初めて犯す『禁忌』であった。

END

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