[小説]因縁 – Connection -(2)

小説/本文

それから二年後の、10月。

美彦達は三年生になった。
不幸なのか幸いなのか。
毎年クラス替えがあったのにも関わらず、
美彦もみゆきも、ずっと同じクラスであった。
相変わらずみゆきを追いかける美彦。
相変わらず美彦を相手にしないみゆき。
そんな様子を傍から内心ヒヤヒヤしながら見ている実加子。
いつしか三人は校内の名物とも化していた。

放課後。
何だかんだ言って、三人でかたまって過ごす、
美彦にみゆきに、実加子。
三人は今後の進路について話していた。
秋にもなると、卒業後の進路が決まる生徒も多くなってくる。
「いーわね柏葉くんは。もう決まったんでしょ?
あたしはこれからだもんなー」

実加子は大学進学を希望しているため、本番はこれからである。
美彦は既に進路を決めていた。
『根岸精密株式会社』(後のねぎ秘密結社)への就職。
「まー小林ちゃんも頑張れ!!
俺様は後は卒業するのみだからな!! ハーッハッハッハッハ!!」

 …ガタッ

「あ、みゆき…」
「し、柴田ちゃん??」
突然、みゆきは不愉快そうにゆっくりと席を立つと、教室の外へと去っていった。
「んー、あの子、進路の話になるとだんまりよね。
……まあ無理もないか。」

「無理もないって…なんで?」
「あんまり詳しいことはわかんないけど、
…ほら、あの子のお父さん具合悪いでしょ?だから進路もなかなか決めづらいらしくてさ…」

「そっか…」

美彦は席を立った。

(どこ行ったんだろ…柴田ちゃん)
美彦はみゆきの姿を探しつつ、廊下を歩いていた。

「…もうちょっと良く考えてだな…」

(ん?)
どこからか、説教じみた男の声が聞こえる。
ちょうど今通り過ぎた、進路指導室からだ。
ドアが開いているので中から声が聞こえる。
そこには、嫌味で有名な進路指導の教師と、みゆきの姿があった。
「大体、希望する進路が『フリーターか家事手伝い』なんていい加減過ぎるぞ。
お前は成績も悪い訳じゃない。その気になればいい大学だって入れるだろうし、
いい企業にだって就職できる。それをなんだ、自分の才能を自分で無下にするような事をして。
いいか、そんな事では…」

延々と説教を続ける教師。
みゆきはそれを、ただ黙って聞くだけであった。
いつもの無表情で。

しかし、美彦は黙ってはいられなかった。

「待てぇぇ――――い!!!!」

暗く重苦しい雰囲気をぶち破る、でかい声。

「さっきから聞いてれば言いたい放題!!
柴田ちゃんの親父さんは病気なんだ!!
だから柴田ちゃんは好きなように進路が選べないんじゃないか!!
それをまるで柴田ちゃんが何にも考えてないみたいにグダグダと――――!!!!」

「黙れ柏葉!」
怒り狂う美彦を制したのは、他の誰でもなくみゆきであった。
美彦の大声に怯えまくる進路指導教師。
口はでかいが実は小心者という典型的な教師らしい。
「…今日の所は失礼致します」
進路指導室に一礼すると、みゆきは足早に立ち去った。

「柴田ちゃん!!」

逃げるように昇降口に歩いて行くみゆきを追いかける美彦。
後姿だけでも分かる。明らかに怒っている。
自分の下駄箱の前で立ち止まるみゆき。
「ご、ごめん柴田ちゃん!お、俺ついムカついちゃって…」
「………………」
みゆきは、下駄箱のフタに手をかけたまま、後姿のまま振り向かない。
「で、でも、あんな風に言われたら柴田ちゃんだって」
「………大体、何でお前はそうやって私に関わるんだ。何で付きまとうんだ」

なんで…?

改めてそう問われ。
一瞬、美彦の頭の中は真っ白になった。
そして残ったものは一つだけ。
余計な言い訳や詮索は一切必要なかった。

「そ、そんなの!柴田ちゃんが好きだからに決まってるじゃんか!!」

高校受験のあの日から、ずっと追い続けたみゆきへの想いを
言葉にしたのは、彼にとってこれが初めてであった。
だが。

「悪いが私はお前みたいな男は大嫌いだ。」

そして、翌年の2月。

三学年のほとんどが自由登校になり、進路が未定な生徒もまばらになった頃。
みゆきの卒業後の進路が決まった。
宮城県仙台市にある商社への就職。
すぐ近くに大きな病院があり、病の父はそこで世話になる予定だ。
仙台を選んだ理由は、今いる都内よりも空気が良い所に越した方が良いという考えからと、
仙台は父の故郷でもあることから。
…余命いくばくも無い父に、生まれた育ったところで過ごさせてやりたかったから…

それがみゆきの下した決断であった。

それから程なくして、春雨高校では卒業式が執り行われた。
「みゆきい~~たまには東京に遊びに来なさいよ!」
無事大学合格を果たした実加子が、泣きながらみゆきに抱きついた。
微笑ましい二人の様子を、珍しく静かに見守る美彦。
そんな彼の様子を見て、実加子はこの二人の間に何かがあったのだと読み取っていたが、
敢えて深くは突っ込まないでいた。

みゆきの『大嫌い』宣言から、
さすがの美彦も少々だが大人しくなっていた。
確かに、人の進路に関して首を突っ込みすぎたと反省もした。
まったく口を利かない訳ではなかったが、当り障りのない会話しかしない。
だが………美彦の想いは変わることは無かった。
高校受験のときに偶然出会ってから。
一緒に高校に落ち一緒の高校に入り、
三年間同じクラスと腐れ縁続きだった二人。
しかしみゆきが仙台へ越すとなると、腐れ縁もいよいよ断ち切らざるを得ないだろう。

「…柴田ちゃん、俺…」
「柏葉」
美彦が何かを言いかけると、それを遮るようにみゆきが口を開く。
「もう会う事も無いかもな」

それだけ告げられると、
美彦は不覚にも涙をこぼしてしまった。

彼の恋は、終わった…………かに思えた。

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