[小説]因縁 – Connection -(3)

小説/本文

東京を離れて約3ヶ月。
仙台に越してきたみゆきは、新しい生活にも徐々に慣れ始めていた。
父の容態も、思ったよりも安定して来ている。
何かが起こっても、病院は会社のすぐ近所なのでいつでも駆けつけられる。
毎日仕事を終えた後、病院へ通うのがみゆきの日課となっていた。

「会社の方はどうだ?」
ベッドに横たわったまま、みゆきの父は問う。
「だいぶ慣れた」
「…そうか」
ポツリポツリと、必要な事だけを話す父娘。
特に仲が悪いというわけではなく、この父娘は元々こうだった。
みゆきの口調がやや女気に欠け、言葉少ななのは
この男手一つで育てられたせいもあるかもしれない。
「……お前ももう、19か」
感慨深げに父が呟く。
みゆきはベッドの隣で、見舞い品の林檎を無言で剥く。
「早いものだな」
「………………」
「……お前も…いずれは嫁に行くんだろうな……
それを…見届ける事が出来ないのは残念だが……」

父は、既に自分が長くない事は重々承知していた。
みゆきもまた、それを承知していた。
だからこそ、父の言葉を否定する事も、茶化す事も出来なかった。
だが、みゆきには一つだけ決意していた事があった。

「……私は嫁になど行かない。他人の娘になどならない」

起きて会社に行き、仕事をし、帰りに父を見舞う。
そんな日々の繰り返し。
退屈だが不安の消えない日々。
いつしかみゆきは、誰に勧められたわけでもなく、煙草を吸うようになった。

みゆきは煙草をくわえながら、今日届いた郵便物に目を通す。
その中に、懐かしい人物からの便りがあった。

 ”小林 実加子”

内容を読むと、高校の同窓会の案内であった。
どうやら実加子が幹事を務めているらしい。
「……同窓会……か」
だが、自分が行ったところで…
特に喜んで報告する事もなければ、都内まで行くのにも時間がかかるので面倒でもある。
そう思ったみゆきは、案内のハガキを引き出しにしまった。

それから数週間後。

『もう!どうして来なかったのよ!』
同窓会が終わった翌日、早くも実加子から怒りの電話がかかって来た。
「悪い。ここから東京まで行くのは面倒でな」
何のフォローも入れずに、正直に理由を話すみゆき。
『全くもう。まああんたの事だからそう来るかなとは思ったけど!
…でも柏葉くんも来なかったのよ。あのお祭り好き男が意外よねえ~』

「…ほう」
『みゆきも来るから絶対来なさいよ!って、案内のハガキに書いといたのになぁ』
「行くなんて一言も言ってないのに余計な事を書くんじゃない」

実加子との電話は、その後適当な世間話でやり過ごした後、切った。

柏葉美彦は同窓会に来なかった。
イベント事には欠かせないあのお祭り男にしては、かなり珍しいことでもあった。
実加子が案内状に、自分が同窓会に来る、と書いたにもかかわらず…
確かに、美彦には高校三年間、散々と追い掛け回されてきた。
その度に、何度も酷い言葉を浴びせた。それでも全くめげる事など無かった彼。
そんな彼とも、高校卒業と同時に縁も切れ、清々したと自分でも思っていた。
…思っていたはずだ。

「……流石に愛想尽かしたか……」

翌日。

また今日も、退屈な一日が始まる。
会社のビルの1階にある喫煙所で一服した後、みゆきはオフィスへと足を向けた。
みゆきが勤める『五十嵐山商事株式会社』は、雑居ビルの6階にあった。
あまり大きくは無いビルの中に、わりと多くの企業が入っているため
一つしかない小さなエレベーターはいつも満員である。
今日もみゆきは、いつものようにほぼ満員のエレベーターに乗る。
扉が閉まりかけた、その時。

「ちょぉぉぉ――――っっ!!!!」

謎の掛け声と共に、飛び乗ろうとする男がいた。
だが。

 ”ビ――――――――――――

「ハハハハ、生憎だな兄ちゃん。定員オーバーだよ」
エレベーターの最前列に立っていた年配の男性が笑う。
「ぬぬぬぬぬぬぅう!!! 出勤初日からなんて事だ!!!」

(……この声は……)
エレベーター内の奥に立っていたみゆきは、一瞬耳を疑った。
高校卒業まで、耳が痛くなるほど毎日のように聞いていた声。
あまりのインパクトに懐かしさすらも覚えない、あの声。
ここでは聞く事など出来るはずのない………あの男の声。
しかし、あんな生きた騒音公害、そうそういるものなのか?
再びドアが閉まりかける。
みゆきは、気がつくと人ごみを押しのけてエレベーターから降りていた。

「し、柴田ちゃん!!!??」
「……柏葉……」

間違いなく柏葉美彦であった。
「もしかして柴田ちゃんの会社ってこのビルなのか!!??
いっやー、奇遇だなぁ!!!! ハーッハッハッハッハ!!!!!」

「……何で、ここにいる……」
再会の挨拶も無く、みゆきはまずそれだけを訊いた。

「ハッハッハッハ!!! 実はだな!
根岸精密の本社から急に仙台支社に飛ばされちゃってね!!!!
今日から晴れて仙台支社勤務なんだなこれが!!!!
同じ仙台だから、もしかしたら柴田ちゃんに会えるかなーって思ったら
まさか同じビルとは!! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」

後に彼から聞いた話によると。
同窓会に参加できなかったのは、
仙台への引越し日と重なってしまったためだったという事を知った。
本当は死んでも這ってでも参加したかったらしいのだが。

東京と仙台。
約400kmの距離を置いても切れなかった、二人の腐れ縁。
運命の悪戯か、はてまた何かの因縁か。
ここまで来ると、最早腐れ縁という言葉では片付けられないような気も。

思いがけない再会に、みゆきは苦笑いをした。

…苦笑いとはいえ、笑ったのなんて何年ぶりだろう?

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