[小説]最期の恋(プロローグ)

小説/本文

「すいません……突然、呼び出したりして…」

3月28日、快晴の昼下がり。
会社の近くの公園の、満開の桜並木の下に。
見なれない組み合わせの男女が一組、たたずんでいた。
烏丸雪彦と……長谷川恵莉。

「いいえ…そんなに、きにしないでください。」
気まずそうに言葉を投げかけた雪彦に、
少々舌っ足らずな感じの口調で、恵莉が言葉を返す。
「こちらこそ…このあいだは、ほんとうにすいませんでした…
………めいわくでしたよね………」

「めっ、迷惑だなんて!そんな……
……その気持ちは、すごく嬉しかったです……本当に……
そ、その…僕なんかのことを……」

うつむき加減の恵莉に、それ以上の答えが見つからない雪彦。
自ら彼女をこの場に呼び出したのに、
早くもその場から逃げ出したい気持ちで一杯になってしまった。
「…わたし、バレンタインデーに本命のチョコをわたしたの、
あれが、うまれてはじめてだったんです。」

雪彦に背を向けたまま、恵莉は言葉を続ける。
「…烏丸さんも、知ってるかとおもいますけど…
わたしには、ふつうのひとがもっていない、ふしぎな力があります。
そのせいで、ちいさいころからずっと……気がよわくて、うじうじしてて……
……いじめられても、おこることも、しかえしもできなくて……
こんなじぶんがほんとうにきらいでした。」

今までの辛さを示すかのように、微かに震えた声。
「でも…わたしみたいに、烏丸さんもふしぎな力をもっているのに、烏丸さんは…
わたしとちがって、ずっと前むきで…」

「そ……そんなこと、ないですよ…」
否定する雪彦に、恵莉は即座に首を横に振る。
「わたしは、こんな力をもってるから…
みんな、わたしのこと、ふつうのひととしてあつかってくれないんじゃ、っていう、
そんな不安がずっとずっときえなくて……でも、あなたは、ちがいます。」

雪彦にも、恵莉と同じような不安が、無いわけではなかった。
雪女を先祖に持ち、ところ構わず雪を降らせてしまう特殊能力。
千里眼の力を持つ恵莉とは、また違った意味でやっかいな力。
だが、そんなことを気にしていたら、気にするだけ周りとの溝を深めてしまう。
そう考えていた雪彦は、敢えてその力は隠さずに、皆と振舞ってきた。
そんな『前向き』な雪彦を、ずっと見つめていた恵莉は…
「わたしは、そんな烏丸さんに…ずっと、はげまされてきました。
烏丸さんのそばにいると、わたしも、つよくなれるような、気がして…
…烏丸さんだから、じぶんのきもちが、つたえられたような…気がします…」

「長谷川、さん…」
名を呼ばれ、少女はゆっくりと青年の方を向く。
頬には一筋の涙が流れていた。

「わたしに、勇気をくれて…ありがとうございました。」

それだけ告げると、恵莉は淡く微笑んだ。
どことなく…寂しげな瞳。
けれどもその眼差しには…確かに『勇気』が宿っている。

「…すごく、迷ったんですけど…」
雪彦が、制服のポケットからそっと差し出したもの。
淡い水色の包み紙に、青いリボンが結んである小さな箱。
2週間遅れのホワイト・デー。
微かに震える手で、恵莉に差し出す。
言葉は無い。言葉が見つからない。
恵莉は、少しだけためらったが…ゆっくりと、包みに手を伸ばした。
「…ありがとう、ございます…
…………さいごの思い出として、いただいておきますね。」

辛くないはずなど無いはずなのに、
笑みを絶やさない恵莉。
雪彦には、それがかえって痛々しく思えた。
「そんなかお……しないでください……」
「…………本当に、すいません………」

「烏丸さんは、烏丸さんのいちばんすきなひとと…しあわせになってください、ね。」

そして、恵莉は会社へと戻っていった。
桜並木に、一人残された雪彦。
昼休みは既に終わっていた。
しかし、今の雪彦には、仕事などどうでもよかった。
(……僕は……強くなんてない……
そうやって自分の気持ちをはっきりと相手に伝えられた、
長谷川さんの方が…よっぽども、強いですよ……)

雪のように舞う、桜の花吹雪。
夢の中にいるような錯覚に陥った雪彦は、
眩しそうに顔を手で覆うと、そっと桜の幹に寄りかかる。

  ”いちばんすきなひとと…しあわせになってください、ね。”

恵莉の、最後の言葉が頭をよぎる。

「……僕は……好きな人を幸せにすることなんて、できないんです……どうしても。
そして、それを伝える勇気すらも……ない……」

花吹雪の中、吹雪とゆっくりと歩いて去っていった恵莉の後姿を、
雪彦は……小さくなるまで、見えなくなるまで見つめていた。

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