[小説]暴君フレスリーザ ~愛を忘れた王子様(1)

小説/本文

「別にいいんじゃないの?」
やや深刻そうに相談に乗ってきた夜半に対し、なんてことないと言った感じで軽く返す奈津恵。
「えらくあっさり返すねぇ。本当にいいの?」
「だってなくした記憶が戻るわけでしょう?こんな良いことってないじゃない。
何か不都合なことなんてあるの?」

「………なんだ、いいならいいんだけど。
てっきり社長が彼の記憶を消してどこかから連れ去ってきたのかと思ったじゃない……痛っ」

「アホか!私にそんな芸当が出来るわけが…ってかキミ私のことなんだと思ってるんだい。
治せるんならとっとと治しちゃいなさいよ」

そう言いながら夜半の後頭部をチョップしてきたのは、買い物から帰ってきた社長であった。
「あら社長ン おかえりなさ~い♪」
夜半は、叩かれた頭を掻きながら、記憶を戻すことに関していちいち気を遣ったことに少しだけ後悔した。

「…はぁ。ま、社長も戻ってきたことだし、そんな重要なことでもないんなら
彼をここに連れてきてさっさと治すかねぇ」

「あれ?皆さんねずみの綿菓子ですか?」
しばらくした後、夜半に呼び出されたリーザは、総務部にやって来た。
総務部と人事部、国際部の面々、そして社長に囲まれ、キョトンとする。
「こんちゃああああー!!! 父ちゃんの記憶が戻るって聞いて急いで来たぜえええ!!!!」
玄関が勢いよく開くと、一人の元気な少年がフロアに駆け足で入ってくる。
リーザの『自称』息子、パノスである。
「あ、良かった…パノスさん。間に合いましたね」
彼を呼び出したのは、彼と仲が良い関口結佳であった。

『リーザ君』
役者が揃ったところで、夜半がリーザに英語で問いかける。
『はい?』
『君は記憶喪失だそうだね。けどそれを俺なら治してあげられるんだけど、
どうかな、記憶を取り戻したいかい?』

『……』
夜半の問いに、リーザは少しだけためらった。
『…記憶をなくして、この会社に助けてもらって、ようやく何とかやっていけるようになったところで
昔のことを思い出してしまうのは…なんだか、今までお世話になった事を全て無駄にしてしまうような気がして、
申し訳なくて……少しだけ迷ってしまうんですが……』

リーザは、不安気な表情をしながら、自分の隣に嬉しそうに寄り添う『自称』息子、パノスに目をやる。
『…僕は、この子のために記憶を取り戻したいです』

パノスが視界に入ると、迷いのあったリーザの瞳に確かな決意が宿った。
けど少し怖いのか、パノスの肩に手をまわし、強めに握った。
「……父ちゃん……」

『決まりだね。じゃ、ちょっと目を閉じて。すぐ済むから』

瞳を閉じ、覚悟を決めたかのように精神統一する、リーザ。
夜半が彼の額に手をかざすと……瞬間、彼は閃光に包まれた。

「うわぁっ!」

隣にいたパノスはびっくりして尻餅をついた。
「ま、こんなもんかな。終わったよ」
「え?もう?あっさりしてるのねン♪」
「しばらく、記憶を無くしてからの記憶と、無くす前の記憶が頭の中にごっちゃになるだろうから、
少し混乱するかもしれないけどね。しばらくすれば落ち着くだろう」

封印を解かれたらしいリーザは、力なくしてへなへなを膝を床につけて、しばらく呆然としていた。
ぼんやりと、自分を取り囲む社員たちの顔をひとつひとつ眺めている。
「………………」
「……と、父ちゃん……大丈夫か?」
パノスが心配そうに、リーザの顔を覗き込む。
「………あ………」
徐々に頭の中がはっきりしてきたのか、瞳に生気が宿る。
「父ちゃん!気がついたか!?」

「……ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

喜ぶパノスをよそに、リーザから発せられた言葉は未だかつて聞いたことのない、激しい叫びであった。

「!」
叫ぶと同時に、リーザは立ち上がり、目の前にいた夜半のネクタイを掴んで睨み付けた。
「……貴様……よくも我輩の封印を解いてくれたなああああああ!!!!!!!!!」
もの凄い形相で怒鳴りつけるリーザに、夜半は恐れるどころか人格の変わり様に感心する。
「なるほど、それが君の本来の人格なんだね。中々に強気じゃないか」
飄々とする夜半の態度が、リーザの怒りの火に油を注ぐ。
「おのれ……余計な事を……!!! 我輩は、過去も身分も何もかも投げ捨てて、新たな人格を手に入れた自分を、
この肉体の奥底で眺めながら、この極東の島国で悠々自適に生きていくはずだった…のに…!!!」

今にも夜半に殴りかかりそうなリーザの後頭部に、奈津恵のハリセンが炸裂する。
「混乱してるのはわかるけど、いい加減になさい!その手を離して!」
殴られた瞬間、怒りの矛先が奈津恵へと向けられた。
「なんだ女ァ!この無礼者めが!!! 我輩を誰だと思ってる!!!」
あの優しかったリーザはどこへやら、女性である奈津恵にも容赦なく殴りかかろうとする。
「おっと、女の子への乱暴はいただけないね」
奈津恵の前に割り込んだ夜半が、リーザに対しとっさに魔導障壁のカウンターを食らわす。
リーザは3メートルほど後方に突き飛ばされ、運悪くデスクの角に頭をぶつけ、気を失ってしまう。
「あぁごめん、とっさだったんでちょっと加減が…」
「もう気絶しちゃってるじゃない……しかし、彼は王子様どころかとんだ”暴君 ”だったようね……」

応接室の大きなやわらかいソファーに寝かされたリーザ。
また暴れだされても大事にならないよう、周りには夜半と奈津恵、そして息子のパノスのみが見守っていた。
「しかし、予想はしてたけど彼日本語ちゃんと話してたね。
けど困ったもんだね、日本語出来るようになってもこの荒っぽい性格じゃあ…面倒くさいなぁ」

「というか寝かせてないで治癒魔法かなんかで治して起こしてあげたらいいじゃない」
「えー。すぐ起こしてまた掴みかかられても嫌だし」
「それだけ強ければ何をされてもどうとでもなるでしょ?」
「うん、まぁ…逆にカウンターで殺しちゃいそうで怖いからなぁ」
「手加減しなさいよ。。」
「その手加減が難しいんだってば」
夜半と奈津恵が、あれやこれやと話してる間、パノスだけは黙って、眠る父の傍らにずっと寄り添っていた。
「……父ちゃん……」

「……う……」

程なくして、リーザが目を覚ます。
「父ちゃん!大丈夫か!?」
「……やはり……夢ではないようだな……封印が解かれてしまったのは」
目を覚まし、改めて自分が自分であることを確認する、『真の』リーザ。
「ようやく落ち着いたかな。………いやまぁ突き飛ばしたのは悪かったとは思ってるけど」
一眠りして落ち着いて良かった、と思うと同時に、
眠らせたのは自分であったことを思い出した夜半は少しだけ申し訳なさそうにそっぽを向く。
痛い目に遭わされたリーザは、また掴みかかろうとはしなかったが、代わりにぶつぶつと愚痴を吐き始める。
悔しさにわなわなと震えながら。
「………大体、我輩は祖国では右に出る者が居ないほどの、最高位の魔導師であったのだ。
我輩が自らにかけた封印はかなり強力なものであったはずなのだ……それを貴様などに……
解ける者など、それこそ伝説の大魔導師アレクシィ=ヨハンセンくらいだと言われておったのに…!!」

「あぁ。それ俺だし。伝説とか言われたの久しぶりだなぁ」

一瞬だけ時が止まる。
馬鹿な、とは思ったが、腕に自信たっぷりであった自分の封印をいとも簡単に解かれた事実を
目の当たりにしていたリーザは、何か言い返そうとした言葉を飲み込んで、諦めて肩を落とした。
「まあ…せっかく本来の自分を取り戻したのだから、その隣にいる息子さんのためにも、
これからどうするかを真剣に考えて下さいね。
『前の』貴方が記憶を取り戻すのを決めたのは、その子のためなんですからね」

「……息子……?」

今までずっと隣にいたにも関わらず、混乱でまったく見向きもしていなかった息子・パノスに、
ようやく目を向けたリーザ。
「……父ちゃん……オレのこと……いや、母ちゃん、リザンヌのこと、覚えてる?」
おそるおそる、パノスが問う。
記憶を失っていた時のリーザにも訊いたことであったが、
その時ははっきりと「知らない」と言われてしまった。
パノスはそれが怖かったのだ。
「ねえ……父ちゃん……」
不安気な表情で、パノスはリーザの腕にしがみつく。

「……知るか!! 確かに国を出る前に、我輩の命を狙う奴らに王位は渡すまいと、
色んな女に世継ぎを残そうとはしたがな!だが誰が何を産んでいても知ったことではない!!
我輩には関係ないわ!! 鬱陶しい!!!」

そう、冷たい言葉を吐き捨てるとリーザはパノスの腕を乱暴に振り解いて立ち上がった。
「なんて、酷い……!!」
幼い子への酷い仕打ちに、奈津恵が怒りを滲ませる。
「ふん、こんな居心地の悪いところに居られるか!
封印を解かれてしまったのは仕方ない、これから我輩は好きにやらせてもらう。
……封印を解いたこと、後悔するがいいわ!!!」

捨て台詞を吐くと、リーザはその場からパッと消え失せた。

「なるほど、魔導師というのは伊達ではないようだねぇ。空間移動魔導か」
「そんなのんきに感心してる場合じゃないでしょ…!!」

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