[小説]ユメノツバサ – The Double Actor -(3)

小説/本文

ゆたかが京都に来て、初南賛の謎が明かされてから、一年が過ぎた。
初南賛が父に会いに上京すると、待ち合わせて一緒に映画を見たり、遊んだり。
離れている時は、Webカメラを用いたボイスチャットで、初南賛が演技指導をしたりしていた。

しかし何故か最近になり、ゆたかがあまり仕事の話をしなくなってしまった。
そういえば、あまりTVでも見かけなくなった気がする。
いつものように上京していた初南賛は、ゆたかと待ち合わせをし、喫茶店でお茶をすることにした。

「ゆたか、最近仕事の話しないけど、どうしたの?」
「…………………」
ゆたかの、いつもの自信たっぷりの、あの笑顔が消えている。
「……もしかして仕事、上手く行ってないの?」
「仕事……ない。来ないんだ。何も……」
「え……?」
「半年くらい前から、急に…。雑誌のグラビアも断られたり、
ドラマの出演が決まってたのに他の人に交代させられたり、売り込みに行っても何もかも断られる。
今までひいきにしてくれてたメーカーさんや番組まで……。理由を聞くと、誰もがこう言うんだ」

「なんて……?」
「『上』から言われてるので、お受けできません。すいません。って」
明らかに、強い力を持った何者かがゆたかの仕事の邪魔をしている。

姉は楽屋での『あれ』以来、着衣を乱しながら泣いて帰ることも、寝不足になることもなくなったが。
それと引き換えに、ゆたかから何かが奪われてしまったような気がする。
「ゆたか………」
初南賛は、笑顔を失い辛そうなゆたかを見て、何も出来ない自分がもどかしかった。

その時。
沈黙する二人のいる喫茶店の外で、カメラのシャッター音がひっそりと鳴った。

若手人気俳優・榊 ゆたか(16)、衝撃の喫煙現場激写! ”

そんな見出しの週刊誌が発売されたのは、それから間もなくのことであった。
コンビニでその週刊誌を見つけた初南賛は、愕然とした。
掲載された写真には、モザイクのかかった少年と向き合い、煙草を手に持つゆたかの姿があった。
(これ……僕じゃないか!あの時の喫茶店の……)
あの時に彼が煙草を吸っていないことなど、一緒にいた自分が間違いなく証明できる。
これは明らかに合成写真である。

ゆたかの携帯に電話しても、メールしても、一向に返事が来ない。
この記事に対する反響の対応に追われて、忙しいのだろうか。
それとも………。
居ても立ってもいられない初南賛は、自室の机の引き出しの奥にそっとしまってあった、
やや古びたメモ用紙を取り出した。

父、マイケルの携帯番号。
両親が離婚し、父と別れる時に手渡されたものである。
捨てずにはいたものの、使うことなど有り得ないと思っていた。
しかし、すぐに駆けつけることのできない京都にいる今、頼りに出来るのは父だけであった。
初南賛は、過去のしがらみやプライドを投げ捨て、友達のために父の携帯を鳴らした。

『……ジョ、ジョナサン!?』

幸いにも、マイケルはすぐに電話に出てくれた。
初めて息子から電話が掛かってきた事に、声だけで驚いてる様子が聞き取れる。
特に恋しいとも思ったことはなく、むしろ毎回苛立たせてくれたくらいの、父の声。
しかし今はそんなこと、どうでもよかった。
『もしかして、ゆたかの……』

「ゆたかは煙草なんて吸ってない!僕が証明する!一緒に写ってるの、僕だもの!
だからお願い、ゆたかを助けてよ!お父さん!!!」

その後、ゆたかの所属事務所は『掲載記事は事実無根』と表明し、正式に否定したが。
『10代の人気アイドル役者が喫煙したかもしれない』と世間に知らしめてしまったことは
大きな痛手となり、ただでさえ減らされていたゆたかの仕事は全て……
『マイナスイメージになるから』と、断られたり、降板させられてしまった。
事実上の、芸能界追放である。

普段願い事などしたことがない、息子のたっての願いを叶えようと、
マイケルもあちこち奔走したのだが…
たとえ記事が嘘であっても、一度植えつけられた負のイメージは、拭い去るのは容易ではない。

ゆたかの役者としての将来は、完全に絶たれてしまったのであった。

”喫煙報道”から一ヶ月。

あれから、初南賛も上京し、ゆたかを訪ねたが。
ショックがあまりにも大きく、部屋に閉じこもってしまい、会ってくれようとはしなかった。
ストレスから来る拒食症で、栄養失調になりかけてしまったゆたかは、
東京のマンションを引き払い、母親の実家のある北海道へと引っ越すことになった。
騒々しい東京から離れ、田舎でのんびりと暮らすことで心が癒されれば…という、
家族の願いからであった。

母親に支えられ、無言のまま車に乗り込む、ゆたか。
それを、初南賛、みのり、そして駆けつけたマイケルが見送った。
空港に向かう車が出発し、見えなくなったと同時に、みのりがその場に泣き崩れた。
「みのりさん……」
「……ごめ……ごめんなさい……ゆたかがああなったのは、あたしの…あたしのせいなの」
「どういう、事ですか」

みのりは涙ながらに、1年前、とある男からセクハラを受けていたところを、
ゆたかに助けられたことを話した。
だが、ゆたかが突き飛ばしたその男が、有名なプロデューサーであったことを明かし、
ゆたかから暴力を受けたこと、みのりから拒絶されたことを逆恨みして、
みのりへのセクハラを止める代わりに、ゆたかへ仕事の依頼が行かないように裏から圧力をかけ、
とどめに喫煙記事をでっち上げたのだという。
しかし、明らかな証拠もないし、何よりそれを暴露したところで自分も潰されるだけ、
と思ったみのりは、正直に話すことができなかったと、悔やみ号泣した。

「………ゆたか………」

あれから2年。
世間では、かつて榊 ゆたかという役者がいたということなど、すっかり忘れ去られていた。
初南賛が、かつて天才子役として話題になっていたことなど、誰もが忘れ去っているように。

ゆたかは、北海道で元気にしているだろうか?
あれ以来、ボイスチャットはおろか、メールすらしないまま時は過ぎ、
気が付くと高校三年生になっていた。
2年前までは……大学は都内の大学を選び、
ゆたかの役者業のサポートがしやすいようにしよう、などと考えていた。
そう考えていた頃が、既に懐かしくすら思えた。
(進路、どうするかな……別に大学、すごく行きたいってわけでもないしな……)

「ジョー、ちょっと……大事な話があるんだけど」
部屋で頭を抱えて寝転んでいると、母・亜紀がドアをノックして声を掛けてきた。
いつもはあまり関わってこない母が話があるなど、珍しいことであった。

「なに……話って」
初南賛は寝起きでボサボサの頭を掻きながら、大したことではないだろうと思いながら問う。
「私、再婚することにしたの」
「………え?」
「相手はとてもいい人だし、あなたの生活の何が変わるというわけではないけども。
あなたも年頃だし、思うところもあるでしょう?このまま私について来るのも、
高校卒業と同時に出て行って一人暮らしするのも……お父さんと暮らすのも……
あなたが自由に決めていいから。親として最大の援助はするから、好きなように決めて頂戴ね」

役者を辞めて10年。
一般人として静かに暮らしていた初南賛にも、人生の転機が訪れていた。

そんな時、仕事で京都に来ていた父・マイケルと会った。
母の再婚のことはとりあえず伏せておき、進路が決まってないことを漏らすと、
父はこんなことを言い出した。

「ジョナサン!ワタシの会社に来ないKAI!?」
「………あのね………」
父の勤める会社に、父のコネで入るなど…それで過去に自分が傷ついたことなど、忘れてしまったのか。
呆れて反論しようとする初南賛の言葉を遮り、マイケルが即座にフォローする。
「NON NON!ワタシの口添えで入れるわけじゃないYO!社長と人事に君の経歴を話したら、
是非一度会ってみたいと言うのでNE! この会社はコネとかそういうのが一切通用しない、
実力と相性最重視の会社だから、合わなければもちろん落とされる。安心していいYO!!」

勤務条件や福利厚生、給料など。話を聞いているうちに興味が沸いた。
進路は決まっているわけではない。受けるだけ受けてみようと、初南賛はOKを出した。

「OK!!! 決まりだNE!! じゃ、さっき言った日時に来るんだYO!!」

数日後。初南賛は上京し、父の指定した待ち合わせ場所へと向かった。
そこで待っていたのは、父ではなく。

「ジョナサン!超久しぶりー☆」
「……ゆたか!?」

初南賛の良く知る、最高の笑顔のゆたかがいた。
最後に見送った時の、痩せ細って無言だった姿が嘘のような復活ぶりであった。
「ずっと連絡してなくてごめんな☆もう大・丈・夫!オレはすっかり元気だよっ☆」
何か、以前よりも無駄に明るさが増したというか、
無理に明るくしているような印象を受けなくもなかったが……
とりあえず、元気そうな姿に、初南賛は素直に安堵した。
「それにしても…今日これから会社の面接なんだけど…まさか」
「うん☆オレもマイケルおじさんに勧められて、ジョナサンと同じ会社、受けるんだ☆」
「えええっ!? ゆたかがただの会社員だなんて……ちょっと、想像付かないんだけど……」
心配そうに眉をひそめる初南賛を、ゆたかはニコニコと見つめながら、こうなった経緯を語り始めた。

「オレ、役者になるの、諦めたわけじゃないよ。……北海道にいる間さ、
マイケルおじさんが、仕事で北海道に来るたびに、わざわざ会いに来てくれてさ。
いっぱい励ましてもらっちゃった!………それにさ、」

「それに……?」
「ジョナサンが、『ゆたかを助けてくれ』って、マイケルおじさんにお願いしてくれたんでしょ?
いつもはクールで無表情なジョナサンが、あんなに必死にお父さんにお願い事してきたの、
生まれて初めてだったって、マイケルおじさん言ってた。本当にありがとう!」

「ゆたか………」
「オレ、本っ当に最高の友達持ったよ!行こう!オレたちのイイところ、いっぱいアピールして、
まずは二人で会社に内定もらおうよっ☆ 話はそれからだよ☆」

ゆたかは初南賛の手を取り、前に向かって走り出した。
「ちょ…ゆたか、そんな引っ張らないでってば!」

ゆたかは、初南賛に素直にお礼を言えたこと、再会できたことを心から嬉しく思った。
自分が尊敬する役者であり、夢のパートナーであり、大切な自慢の友達。
そんな初南賛の、解けていない謎があとひとつだけあった。

「オレ、ジョナサンにずっと訊きたかったことがあったんだ☆」
「な……何」
「オレ、よく考えたらジョナサンのホントの名前、知らないんだ☆
ジョナサンってマイケルおじさんがつけたニックネームなんでしょ?
再会の記念にさ☆名前教えてよ☆ まぁどんな名前でもジョナサンって呼んじゃうけどさ☆」

…………

知り合って数年。自分の派手すぎる名前が嫌いであるが故に、
そういえば今の今まで正式に名乗ってもいなかったことに、初南賛は自分で自分に呆れ返ってしまった。
片手で顔を覆いながら、小声でもごもごと真相を語りだす。

「…………ょうだよ」
「………え?なに?なんて言ったの?」
顔を真っ赤にして言いづらそうにしている初南賛の顔を、ゆたかが覗き込む。
初南賛はさらに顔を赤くして、振り絞るように叫ぶ。

「ジョナサンは本名だよ!西城寺初南賛!西のお城の寺で西城寺、初めての南に賛成の賛で初南賛!
それが僕の名前!!………恥ずかしいから、二度と言わせないで!!!」

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