[小説]夢と魔法の王国で(1)

小説/本文

「関口さん。最近ちょっとしたミスが多いですね。
春になって暖かくなってきたからって、気を緩めていたら駄目ですよ?」

上司の瀬上奈津恵に言われた言葉が頭の中をぐるぐる回る。
げんなりと落ち込みながら、会社の前の公園のベンチに項垂れているのは、
人事部の関口結佳であった。
ここのところ、仕事でミスを連発してしまい、奈津恵からお説教を食らってしまったのだ。
(……自分ではしっかりやってるつもりなのに……
瀬上部長の言うとおり、気が緩んでるのかしら……。もっとしっかりしなきゃ…)

自分で自分の頬をぴしぴしと叩き、気合いを入れてみるも、
落ち込みの方が激しく、全く気合いなど入らない。

「ゆっかねーぇちゃんっ!」
「きゃぁっ!?」
背後から突然抱きついてきた、やや小さな、温かな両腕。
「ぱ……パノスさん……もう、びっくりしたじゃないですか」
「へへーっ、周り見ないで頭下げてんだもん、気づかない方が悪いんだよーっだ!」
悪戯っぽく笑いながら、当然のように結佳の隣に座った少年は、
国際部のフレスリーザ・レオンハルトの息子のパノスであった。
結佳とパノスは奇妙な縁から、仲の良い姉弟のような関係でいる。
パノスが父親会いたさに来日した時に、色々な目に遭った彼に、結佳が親切にしたことがきっかけである。

「それにしても、結佳ねえちゃんどうしたの?すっごく落ち込んでるみたいだけど」
「!! え……わかりますか……?」
「そりゃぁね!オレみたいな子供にだって分かるくらい、落ち込んでる!」
「うー………仕事で、いろいろあったんです……難しい話なので、説明しづらいですが」
結佳は、子供にすら見抜かれて恥ずかしがりながらも、気に掛けてくれるパノスに軽く説明をする。
「そっかぁ~。大人って大変だよな~!ま、オレ難しいことよくわかんないけどさ!
……でもま、ちょうどいいかなっ!」

落ち込む結佳の顔を覗き込みながら、パノスがニヤニヤと笑う。
「な……何が、ちょうどいいんですかっ」
からかわれてる?と思った結佳が頬を少し膨らませながら睨む。
「結佳ねえちゃんさ、落ち込んでるなら、オレと遊んで元気出そうぜっ!」
「??……今は、会社のお昼休み中なんです。だからそんなに時間は……」
「違うちがーう!今じゃなくてさ!今度の土曜日!」
「土曜日……?」
きょとん、とする結佳の目の前に、パノスが突きつけるように2枚のチケットを見せ付ける。
「これ、東京の有名な遊園地のチケット!」
「……えぇ、知ってますわ。東京マジカルドリーム王国。人気のあるテーマパークですね」
「オレ、結佳ねえちゃんと一度一緒にどっかで遊びたくて、このチケット買ったんだ!
元気ないならさ、オレと一緒にここ行って元気出そうよ!」

「ええぇっ!?ここのチケットって確かすごく高い…パノスさんそんなお金をどこから!?」
遊園地のチケットなど、子供がそう易々と払える額ではないことくらい、結佳は知っている。
結佳の驚きように、パノスは満足したのか鼻息を荒くしてピースサインをする。

「オレ、ちょっとしたバイト始めたんだ!雑誌とかCMとかのモデルなんだけどねっ。
これでもけっこう売れっ子なんだぜ?チケットなんてちょろいもんだよっ!
お金なんて気にしなくていいからさ!チケットだけじゃなくて、ご飯とかもオゴっちゃうからさ!
な、オレと一緒に思いっきり遊ぼうぜっ!!」

「えええええぇっ!?」

かくして、半ば強引に押し切られる形で。
パノスと結佳の週末デートが計画されてしまった。

土曜日。
総務部の奥田早瀬は休日であるにも関わらず、特に予定もなく、
会社から持ち帰った、特に急ぐわけでもない書類を自宅にてだらだらと整理していた。

”ピンポーン ”

「は……」
インターホンのマイクに向かって応答しようとすると、
モニターには見慣れすぎた顔のどアップが映し出されていた。

『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっちゃぁぁぁぁんっっ!!!! あーけーてぇぇぇぇええ!!!!』

…………

「……痛ぇなぁ……何も殴らなくてもいいじゃんかぁぁ……可愛い弟をさぁ……」
「玄関前であんな大声出したら近所迷惑にも程があるだろう、馬鹿者が!」
早瀬のマンションを唐突に訪ねてきたのは、弟の山音であった。
「そんなことよりはっちゃんさ!今何してんの?」
怒られたことなど既にどうでもいいと言わんばかりに、山音が話題を変える。
「そんなことって、お前な……………
……何って、仕事だよ。お前と違って俺は暇じゃないんだ」

説教することを諦めた早瀬が、簡単に状況説明をする。
「えぇぇぇぇぇ!!??仕事ォ!? こんな天気のいい、しかも土曜日に!」
「俺が休日に何をしようと別にいいだろう!」

怒鳴り散らす早瀬を背に、山音はデスクに散らばる書類をつまみ上げて内容をざっと見る。
「えー!? 何コレ!5月の会議の資料とか3月の今に作ってんの!?はっちゃん頑張りすぎ!
もう今日はこんなんやらないで、俺とあそぼーよ!」

「はあ!?何で俺がお前と遊ばなきゃならんのだ?」
「はぁぁぁっちゃぁぁん!頼むよ!俺と一緒に今からTMD行こう!TMD!!」
「TMD…?あぁ、東京マジカルドリーム王国か……。
そんなところ、兄弟で…しかも男二人でとか、何で行かなきゃならないんだ!」

早瀬の言うことは最もである。
ましてや、女好きの山音が女の子を誘わずに兄を誘うなど、絶対に何か裏があるに決まっている。
「このチケットさー、……ウチの会社変わってて、社員旅行の代わりに
ここのペアチケット配布して、自分の好きな時間に誰かを誘って行けって言うんだよね~。
そりゃモチロン、俺は女の子を誘ったさ!誘って誘って誘いまくったさ!でも……」

山音が自分から言う前に、早瀬が冷たく言い放つ。
「……全員から断られたんだな?」
「!!! ………あぁぁぁああもう!!!はっちゃんのバカ!!人でなし!!全くその通りだよ!!
俺の心今すっごい傷ついた!責任とって俺とTMD行こう!今!!」

「だから何で今すぐなんだ!俺にだって俺の都合と言うものがだな…!」
「だってこのチケット、有効期限今日までなんだもんね!
ハイ!仕事終わり!! はっちゃんならこのくらいの仕事明日でも出来るでしょ!
さっさと用意して行こうぜ――――――っ!!」

「コラァァァ!!! 勝手にパソコンの電源切るな――――――!!!」

パソコンを死守しようと、山音の首根っこを必死で掴む、早瀬。
いつもと同じように怒る兄を見て、山音は抵抗しながらも安心したかのようににこやかに微笑む。

「……やーっぱ、兄貴はこうじゃないとなー」
「な……何だ?」
「はっちゃんさ、彼女と別れたばっかで、最近なんか元気なかったっしょ?
ここは、かーわいい弟とパーッと遊んでさ、元気出しちゃえば?」

「…………………………
うるさい、余計な事は言うな。チケットが勿体無いから付き合うだけだからな!」

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