[小説]夢と魔法の王国で(終)

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週明け。

(……奥田さん……奥田さん、奥田さんが……わたしの、こ、こ、恋人、だ、なんて…… !!!)

早瀬との交際を、正式にスタートさせた結佳は、
自分のデスクで、いつもと全く変わった様子も見せずに仕事をする早瀬を
遠目に見つめつつ、にやけるのを止められずにいた。

「………関口さん、奥田部長と何かあったんですか?」

聞こえるか聞こえないかというくらいの小声で、同部署の後輩である西城寺初南賛が問う。
「ふひぇえっ !? な、何があったって、そ、そうねぇ~……西城寺君には」
「あの、声のボリューム下げてください。出来れば僕にしか聞こえないように。」
そんなに大声で話したつもりはなかったが、結佳はとりあえず初南賛の言うとおりにひそひそ声で話す。

…………

「……そうですか。まぁそんなところだとは思いましたけど。
とりあえずおめでとうございます。」

「あ、ありがとうぅぅ西城寺君っ」
幸せいっぱい、といった感じの結佳を見ても、初南賛にはとある懸念しか思い浮かばない。
「……一応訊きますけど、そのこと瀬上部長には話してないですよね?」
「そ、そうねぇ…部長には、そのうち…」
「そのうち、って……あの、水を差すようで悪いんですけど……
話した瞬間、関口さん、たぶん人事部から追い出されますけどそれでもいいんですか?」

「!!!???」

浮かれていて忘れていたが、初南賛の一言で思い出した。
結佳は、幸せで赤く染まっていた頬を、見る見る青ざめさせる。
この会社には、同部署もしくは同フロアの社員同士が結婚したら、
どちらかが退職、または別支社、最低でも別フロアの部署に異動しなければならないという規則がある。
仮に早瀬と結婚、なんてことになったら……
幹部である早瀬が飛ばされるということはまずないので、結佳が飛ばされるのはほぼ間違いない。
当然、まだ夫婦ではないのだが、あまりに熱いラブラブ視線を送って、仕事の手を止めてしまっていると
人事部・瀬上部長の逆鱗に触れて今から飛ばされてもおかしくはない。
ただでさえ先日、仕事中は気を緩めるなと、お説教を喰らったばかりだ。

早瀬が、いつもと全く変わらない様子で仕事をしているのも、それがわかっているからなのである。
先ほどからやたらと熱い視線を送られていたのは、十分に気付いていた早瀬であったが、
初南賛が忠告してくれた様子を見て、安堵した。
(……やっぱり、忘れていたか……。西城寺、感謝。)
早瀬は一瞬だけ、初南賛にアイコンタクトを送った。

「頑張って、最低でも瀬上部長だけには隠し通してくださいね。では。」

その視線を受け取るが如く、初南賛は最後に念を押して、自分の持ち場へと戻った。

こんなに近くにいるのに、見つめることすら許されないとは。
思いもよらず過酷な社内恋愛に、結佳はがっくりと項垂れるのであった。

そんな苦労も幸せのひとつであると気付くには、少々時間がかかるようである。

END

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