[NEWS] 営業部の全力お節介・4

○刊ねぎ秘密結社ニュース

お互いに伝えたいことはあったし、お互いに求めていることは、わかっていた。
ただ、お互いに最後の一歩を踏み出す勇気が、なかっただけ。
だが……照美は。
「……伝えたいことって、何かしら?」
あえて、とぼけてみせる。
彼が今まで照美のために頑張っていたというのなら、
最後の一歩も彼のほうから先に踏み出させるべきだ、と思ったからである。
「……ああ、あの……そ、その……ですね……
……………………………」

緊張で、まるで言葉にならない次郎。
顔はもう既に、耳の先まで真っ赤である。
(……仕方ないなぁ……もう)
ガチガチに震えて、まともな言葉すら発せない次郎を見て、
照美は苦笑いしながらため息を付く。
愛の告白くらい、彼のほうからしてもらいたかったのは山々だが。
(受身でばかりいても、仕方ないのは分かってたわよ……特に彼の場合はね)
先ほどの、ゆたかとのやり取りでもボヤいたが。
次郎は、やたら腰は低いし小心者だしニブいし、じれったい。
だが、それでも。

「昇進おめでとう。……課長になったんだから、もっと堂々としなさいよ」

凛として、かつ重みのある声で激励され、次郎は腰をシャキッと伸ばす。
「は、はいぃ!! す、すいませんっ!!!」
「自分が納得いくような、デキる男になるために、今まで頑張ってたんでしょう。
ずっと前から何度も言ってるでしょ。もっと自分に自信持ちなさいよって」

「……は……は、はい……」
照美は、自分の一挙一動にびくびくする次郎の前に、一歩近寄る。
「……なんて、こんなとこで説教じみたこと言ってもしょーがないか。
あなたならきっと、社長になったとしてもずっと人に頭下げてるんでしょうね」

嫌味のような一言が、次郎の心にグサリと突き刺さる。
元々ない自信が、どんどん削げられていく。

「でも…………
どんないい結果出ても、それを鼻にかけずに常に努力しようとしてる。
……そういうあなただからこそ、あたしは、好きになったのかもしれないけどね」

「…………!?」

がっくりと項垂れていた次郎は、照美の言葉に耳を疑った。
「……て、て、照美さん…… !? い、今……」
「……ははっ……あーあ。やっぱあたしから言うことになっちゃうのかぁ~。
悪いけど二度は言わないわよ!
…それより、泉君があたしに伝えたいことって、なんなの?」

「!!!」
いたずらっぽく笑っていたかと思えば、いきなり真剣な瞳で見つめられ、
またもやどぎまぎする、次郎。
緊張の硬直の無限ループ。
「……わかった。特に伝えたいことがないんだったら、あたし帰るから」
そう冷たく言い放ち、次郎に背を向けて歩き出そうとする照美。
その瞬間、次郎はとっさに照美の腕を掴んでいた。
「…痛っ…」
思いもよらぬ握力の強さに、照美は少々驚く。

「……ぼ、僕、照美さんのことが好きなんです!
僕…こんなですけど、6歳も年下だし特にいい男でもなんでもないですけど…!
ずっと……あの、父の還暦パーティーのときから、ずっと……!」


今までどもっていたのが嘘のように、思いのたけを吐き出した次郎。
照美の腕を掴む手のひらは、汗だくである。
「……痛い。」
「!? ………うわぁぁっ! す、すいませんっ!!!」
「……そんな、強い力で捕まえたくなるほど、あたしのこと求めてるくせに
なんで肝心の一言を言うまでそんなに時間がかかるのよ……」

「……は、はい……すいません……」
「あたしを好きになったのは、『部長』だから?6歳年上だから?」
「い、いえ!そんなことは…ないです!」
「だったらあたしも同じなの。あなたが年下だろうが課長だろうがヒラだろうが関係ないの。
……あたしは、泉 次郎だったらなんでもいいのよ」

「照美さん……」
「………そういえば、昇進お祝いあげてなかったわね」

「!?」





緊張でまだ固まっている次郎の胸に、照美はそっと寄り添った。
「て、ててて、照美さん!?」
「昇進のお祝いに彼女がハグしてやろうってんじゃない。
それとも何よ、これだけじゃ足りないっていうの?
……その先も、欲しいの?」

上目遣いで何かを求めるように見つめてくる、この上なく愛おしい照美との『その先』。
恋愛経験がまるでない次郎にとっては、はっきり言って未知の官能の世界。
一瞬でも妄想しただけで幸福感で倒れそうになる。

「……ま、今はまだ無理でしょうね。今はこのくらいで十分でしょ」



次郎との、初々しくも甘いひと時を過ごしながら。
この先、次郎の奥手には苦労しそうだと思った照美の脳裏に、ある一計が思い浮かんだ。


















翌日。

「あらやだ、思ったより腫れてるわね。申し訳なかったわ」
「あははー…☆」
誰もいない倉庫に、ゆたかを呼び出した照美は、
自分が叩いた彼の頬の腫れ具合に驚き、謝罪する。
「その顔じゃ営業行けないんじゃない?」
「まぁ…☆ 吉村部長公認の名誉の負傷なんで、問題はないですよ☆」
「吉村部長公認?」
照美のツッコミに、ゆたかは『しまった☆』という顔をする。
笑って済まそうにも、ついうっかり悟史の名前まで出してしまった以上、
ごまかしようがない。

「あの……その、実は……南十字部長に迫ったのは、部長命令だったんですよ☆
煮え切らない泉課長と南十字部長に揺さぶりかけろって、吉村部長が…☆」

「……えええええ…… !?」
「あ、ちなみに☆ 昨日オレと部長が社員通用口ふさいでた間、
クリスさんが『通用口の鍵が壊れて通れないので来客用玄関から帰ってください』、って
帰宅する社員さんを誘導してたんですよ~☆」

確かに、今冷静に考えてみれば、終業時間直後に誰も通用口を通らなかったのは、おかしい。
「どんだけお節介なのよ営業部…!
……まぁ、終わったことはもうどうだっていいわ。問題は『これから』よ」

吉村悟史営業部長をはじめとする、営業部のお節介連中にため息を吐きつつも、
照美はゆたかの前に仁王立ちして、腕組みした。

「そ……そういえばオレに何か用があって、呼んだんですよね?」
「そう。あなたを呼び出したのはお願いがあったからよ。
あなた、いま彼女いたりとか、好きな人いたりするの?」

「??……今は特にいませんけど☆」
「なら、『あたしを好きになりなさい』!」

「はあぁ――――――!?☆☆☆」





照美の突拍子もない『お願い』に、さすがのゆたかも倒れそうになる。
「え、えと☆ 南十字部長? あの、泉課長とお付き合い始めた……んですよね?☆」
「だからよ。晴れて恋人同士になったってのに、彼ったら相変わらず敬語だし
すぐ『すいません』って言うしメールはビジネスメールだし、
このままじゃいつ結婚できるかわかったもんじゃないわ」

「結婚……昨日付き合い始めて、もう結婚のこと考えてるんですか……☆」
「あったりまえでしょ!!! あたしあと2年で30なんだからね!時間に余裕はないのよ!!
そこで、あなたに昨日みたいにあたしにガンガン迫る『フリ』し続けて欲しいのよ!
そしたら、モタモタしてたら榊君にあたしを取られちゃう、
って泉君も焦ってくれるはずでしょ」

「えええ~~~……? そんなことしてたらオレずっと彼女できない……」
「黙れ!! 女を騙した上に泣かせた代償は大きいんだからね!
そのくらいのことやってみなさいっての! あんた役者でしょ!?」


「さっき、『終わったことはどうだっていい』
って言いませんでした―――――!?☆☆」




何よりも重い、結婚を賭けたアラサー女子の執念に、ゆたかの叫びは空しくかき消される。
営業部の全力のお節介で、晴れて一組のカップルが誕生したものの、
彼らが結婚するまでは、ゆたかの苦労は続くことになるのであった。




(おしまい)

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