「!!!???」
突然抱きしめられたみはるは、大パニックである。
非力ながらも抵抗するが、とても逃れられそうにない。
「な!なにいきなり発情してんだお前!!(笑)」
橘の大胆な行動に、満は笑いながらも驚く。
クリスと幹雄は目が点である。
『橘』の眼中にギャラリーはいない。
「ど…どうしたの…?橘くん……苦しいよ…」
みはるは、抵抗はやめたが、パニックで今にも頭に血が上りそうである。
「……ずっと……こうしたかったんだ……」
「…!?」
「……僕は……ずっと君のことが……」
その時!
バコォォーーーン!!!
橘の頭に古雑誌が直撃する。
「みはるから離れなさい!!!!大島さん!!!!」
古雑誌を投げたのは眞妃。
たまたま床に落ちていたものを投げつけたのだ。
「まっ、眞妃!どうしたんだ!?」
「みんな、気をつけて!その大島さんは普通じゃないの!!
すでに相原さんと沢井さんと久我さんが被害に遭ってるんだから!!!」
そう言われてみれば、いつもの橘なら、
こんな大胆な行動はしないだろう。
「じゃあ…コイツは一体なんなんだ?」
「うるさい…たとえ女でも、僕の邪魔をするヤツは許さない!!!」
そう言って、『橘』は、みはるを離し、眞妃に襲いかかる。
しかし、素手で眞妃に勝つのは無理だ。
そう判断した『橘』は、右手から
継人を跳ね飛ばしたときに使った、あの電流のようなものを飛ばす。
「!!??」
予想できなかった攻撃に、眞妃は間一髪逃れる。
髪の先が少し焦げる。
「な、ナリサワサン!!ダイジョーブ!?」
驚いたクリスが眞妃に駆け寄る。
「これは…想像以上ね……!!!」
「死にたくなかったら、これ以上僕に逆らわないことだ」
そう言って、『橘』は勝ち誇ったような、
それでいて不気味な笑みを浮かべる。
「…いい加減にしなさい!!もうあんたの正体は分かってるのよ!!!
大島さんから『離れ』なさい!!」
『橘』は、しばらく黙る。
そして、ゆっくりと話し始めた。
『……なあんだ~バレバレだったわけね。つっまんないの!』
橘の口から、女性の声が。
「あんたが、『正体』ね」
『やだ!その呼び方、ムカつくわね!私には
「岩倉由美子」っていう名前があるんだからねっ!』
そう言って、『由美子』はそっぽを向く。
「……なんで、あんな酷いことをしたの?」
霊のペースに乗せられまい、と、眞妃は冷静に問う。
『ああ、あれ?別に私のせいじゃないわよ!
この人が心の中で望んでいることを私が実行してあげただけだもの』
「…人の心の暗い部分を覗き込んだって言うの…?酷いことを…!!」
『…フン!何言ってんのよ!!あんたら人間の方が、よっぽども
酷いことばっかしてるじゃない!!そのせいで私は自殺したんだもの!』
『由美子』は、次第に感情的になってゆく。
「……自殺……?」
『…この人の心の中、覗かせて貰ったけど、おっかしいのね!
普段、ロクな目に遭ってないくせに、
バカみたいに人のことばっか考えてて!自分のコトなんてぜーんぜん
考えてないんだもの!だからとり憑きやすかったのよ!アッハハハ…』
『由美子』はそう言って高笑いする。
『…でも、ま。遊ぶのももう飽きたわ!』
そう言い残し、『由美子』は橘の体ごと消える。
「ちょっと!!!どこ行くのよ!?」
突然消え去った橘に、状況がまだいまいち
把握できていない、眞妃を除く社員達は大パニックになる。
いきなり消えられてしまったので、眞妃は為すすべもなく焦る。
その時!
”ピリリリリリリリリリッッ”
先ほど、ハリーと交換した携帯が鳴る。
着信番号をみると、眞妃自身の番号だ。
おそらくハリーである。
「…はいっ!」
『…もしもし!眞妃ちゃん?ボク!!
今屋上にいるんだけど、大変なのよ!!!
タッちゃんが屋上から飛び降りようとしてるの!!!』
「な…何ですって………!?」
1階にいた社員一同は、猛ダッシュで屋上へ駆け上がる。
屋上には、先ほど電話してきたハリーと、英司、久我、愛子がいた。
橘は…
屋上の、自分の背丈の1/3くらいしかない柵の上に立っていた。
『あら、また来たの、あなた達』
「おい!降りろよお前!!!」
満が怒鳴る。
『いやよ。ここで独りで暮らすのも飽きたから、
この人も一緒に連れてくことにしたの!』
「…んなことさせるかよっっ!!てめえ!!!」
満は『由美子』に近づこうとする。
「遠山さん!!危ないっ!!!!」
眞妃が後ろからしがみついて、止める。
ジュッ!!
満の前髪が、少し焦げる。
どうやら、橘の体の周りにバリアみたいなものが張られているらしい。
『……そうやって、みんな私を邪魔者扱いする……!!!』
『由美子』は、涙を流していた。
『クラスのみんなには、お金を、何度も、何度も脅し取られて…殴られて…
7年前の…私のお葬式の時なんか、「小遣いのクチが一つ減っちゃったよ」
なんて言ったのよ!!!……死ぬって決めたとき、私は誓ったの!!!
私は…私は…人間なんて絶対信じない!!!』
「駄目だよ!!!」
…橘の口から、『由美子』の声ではなく、
元々の体の持ち主の声がした。
「た、橘だ!!」
「そりゃ、クラスの子たちは酷いよ。僕だってそんなこと絶対に許せないよ!!
…でも、君が死んで、みんながみんなそう言ったの!?君のご両親は!?兄弟は!?
君が死んで、涙を流した人は、ただの一人もいなかったの!?」
『…………』
「僕が君を初めて見たとき、とても、人に危害を与えるような
悪い子には見えなかったんだ。むしろ、なんだか『寂しい』
っていうような感じがすごくして……だから、僕は……」
『……私が死んだ時ね…
1年の時に同じクラスだった子達…みんな泣いてた…
お父さんもお母さんも…お姉ちゃんも……』
「人間は、確かに悪いヤツもいるけど、みんなそうな訳じゃねえよ。なあ?」
「そーよ!このボクみたいな天使のようなカーワイーイ男の子もいるのよっ♪」
「よく言うわ」と視線ででつっこむ眞妃。
「そうっ!人間、ラクありゃ苦もあるっ!!!」
「それ言うなら人生っス百武さん!!!!!」
「そうよ、由美子さん。大島さんだって、あなたが悪い人に
見えなかったんだから、黙って体を預けたんじゃないかしら」
『由美子』は。
大粒の涙を流す。だが今度は「うれし涙」だ。
『…あっはは…なんか、あなた達、バカよ…
バカだわ…私のやってきたコトが、みんなバカみたいに思えてきちゃう…』
「由美子さんは…7年前に17歳で亡くなったんだよね」
ふいに、橘が問う。
『…そうよ…』
「…じゃあ、生きてたら僕と同い年だったんだ……」
『………………そうね。もうちょっと生きてたら、
あなた達みたいな人に出会えたかもしれないのよね……』
スゥーーー……ッッ
橘の体から、『由美子』が離脱する。
『ありがとう…皆さん……そして……
……ごめんなさい…大島さん……』
由美子は、深々と頭を下げる。
「…ううん、君が悪霊にならずに済んで、良か…」
長いこと、霊をとり憑かせていたせいか、
精神力を使い果たし、橘は倒れる。
しかし、倒れた方向に地面はなかった。
「大島さん!!!!」
社員達の目の前で、橘は屋上から、
真っ逆さまに落ちてゆく。
「いやああぁぁぁーーーーーーーーっっっ!!!橘くん!!!!」
みはるが絶叫する。
その時!
「……ったく……あぶねーなー……」
久我の発明、腰ミノとレイのセット
「アンチ・アルマゲドン・ハワイアンルック」を
まとった継人が、橘を抱えて空を浮かんでいる。
これを着ると、空を飛べるようになるのだ。
継人が身につけるのは、これが2度目である。
「お前、またそれ着てんのか!!ギャッハハハハハハ!!!!」
満は大爆笑である。
「仙波さん…あんまりそれ着ると、そのうちユニフォームにされちゃうわよ?」
眞妃も失笑しながら言う。
他の社員も、床に転げながら大笑いしている。
「てっ……てめぇら!!笑うなあぁーーーーーっっっっ!!!!」
『あはははは……おっかしい……
……こういう人たちがいるかと思うと、
なんだかまた、人間やりたくなってきちゃったなあ………』
社員が笑いの渦に巻き込まれている中、
由美子はいつの間にか、消えていた。