[小説]微笑の暗殺者(4)

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翌日。

昼休み、食堂に女子達が集まって話をしていた。
「桐島さん、もう退院なんでしょ?」
お菓子をほおばりながら、愛子が言う。
「そうみたいね。なんだか信じられない。手首を切ったってのに…
それにしても…今思い出してもゾッとするわ」

上総が手首を切った瞬間、吹き出した血を思い出し、眞妃が顔を青くする。
「それにしても…桐島さん。本当に奥さんのこと、愛してたのね…」
芹子は上総の愛情の深さに感心をする。
そしてちょっとドリーム状態に入っていた。
「けどさ~すごかったよね!吹き出た血が一瞬にして
止まっちゃうんだもん!」

「ホントデス!テジナみたいデシタよ!!」
その時に起きた奇跡を思い出し、
きゃいきゃいと騒ぐ、みはるとクリス。

上総が自殺を図った直後の恭一郎の行動は早かった。
白衣のポケットから謎めいた薬を取り出し、
血が止めどなく吹き出る傷口にサッと一塗りした。
その瞬間、傷口が一瞬にして塞がったのだ。
だが上総は、一度に大量の血を失ったせいで貧血を起こし、
病院へ運ばれた。だが一晩で退院できるのだそうだ。

「それにしてもさ~、あたしたち今頃は
睡眠薬で眠らされてるはずだったんでしょ?
なんでなんともなかったのかな?」

「なんでかしらね。後で久我さんが説明するとは言っていたけど」
眞妃とみはるが首を傾げる。そこに浪路が割り込む。
「そうそう、そのことなんだけどよ。さっき俺が久我さんに聞いたら、
とりあえず、そのことに関しては仙波にお礼を言うように、だとよ」

「仙波くんに?」
一同は「?」という顔をする。

一方、ここは上総の入院する病院。
在素も入院している。

「……何しに、来たんですか」
上総のいる病室に、恭一郎が訪ねてきていた。
「……僕の負けです。
警察なりどこへなりと連れていけばいいじゃないですか」

恭一郎は、病室の外を眺める。
心地の良い風が入ってくる。
「…別に、過ぎたことはどうでもいい……だが……」
無造作に伸ばされた髪が、風になびく。
「自殺だけは、もうするんじゃない」
「………そんなの、僕の勝手です」
「…生きていれば、絶対に何かしらやりたいことも見つかるはずだ。
……若くして亡くなった奥さんは、きっとやり残したことも
山ほどあっただろう。悔しくて悔しくて仕方がなかっただろう。
……そんな思いを、君にもさせたいとは思ってはいないはずだ」

恭一郎の言葉に、上総は頬に涙を伝わせる。
「な…なんで…なんでそんなこと言うんですか…?
ぼ、僕は……貴方の娘を殺そうとした男ですよ……?」

泣きじゃくる上総を見て、恭一郎は失笑する。
「フッ……在素の敵は仙波くんに取ってもらったからね……」

相変わらず窓の外を向いたままの恭一郎は、
ふと、何かを思い出したかと思えば、
朝、自分の手元に届いたばかりの封筒を上総に渡す。
「私の知り合いの探偵に、発病してからの
君の奥さんのことを調べてもらった。案外簡単に答えは出たよ」

「…………」
「落ち着いてからでいい。それを読んで、
これからの君の行くべき道を決めたまえ」

そう言い残すと、恭一郎は病室を後にした。

恭一郎が次に訪ねたのは、在素のいる病室。
在素は上総にかがされた薬が強すぎたために、
激しく頭痛を訴え、入院している。
今は病院で与えられた薬が効いているのか、眠っている。

恭一郎は、膝を床につき、
心地よさそうに寝息を立てる在素の手を軽く握る。

「……怖い思いをさせて、すまなかった……」

上総の本性を暴くため。
恭一郎は、わざと在素を上総を二人きりにした。
上総が在素を人質にするということ、
だが子供には手荒なマネはしないだろうということ、
普通の子供ではない在素なら何かしら
抵抗するであろうことを計算の上の作戦だ。

しかし、それは恭一郎の大いなる誤算であり、
結果的には在素を傷つけてしまった。
在素だってただの4歳児なのである。

恭一郎は、在素の手を握ったまま、
在素が目を覚ますまで、項垂れていた。

恭一郎が、探偵に調べさせ、上総に手渡した報告書には。
恭一郎は全くの潔白であること。
上総の妻・奏子は完全な病死であったこと。
そして…上総を騙していたのは、
某ライバル会社であったことが記されていた。

翌日、上総は退院したが…
会社に現れることは、無かった。

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