数ヶ月後……
「わぁ、ビビアン。見て見て、今日のお弁当はビビアンの好きなエビフライだよ」
満面の笑みを浮かべて、弁当箱のフタを開けた中原幹雄は。
弁当箱の前に置いてある
(この場合「いる」の方が正しいのか?)
ビビアンに話しかける。
ビビアンとは、幹雄が持ち歩いている、
何故か一年中咲いている鉢植えのチューリップの名。
10月に結婚したばかりの最愛の妻・ビビアンと離れている間の変わりとして、
まるで恋人でも連れて歩くかのように、四六時中持ち歩いているのだ。
そして、事あるごとに語りかける。もちろん返事などするはずもないが、
彼は植物の言葉がわかるらしく、語りかけた後も嬉しそうに微笑んでいる。
無論、彼が本当に植物の気持ちがわかるかどうかなど、
誰にも証明することは出来ない。
「……またやってるよ、幹雄。ビビアン、エビフライ食うのか?」
購買のパンをむさぼり食いながら、同僚の浪路が呆れて言う。
「でも美味そうだな…あの弁当…………………」
食うか食わないかなど問題ではない。とにかくあの弁当が羨ましい、
といった感じで幹雄を見つめる、同じく同僚の満。
満の弁当は、幹雄と同じく愛妻弁当だが、
色とりどりで栄養満点そうな幹雄の弁当とは違い、
満の弁当は、おかずの何がどこに配置されているのかもわからない…
…というか、おかずはおろか食料とも言えないほど、凄惨なモノだった。
「…パン、分けてやろっか?」
同情した浪路が自らのパンをちぎって満に分け与える。
「……すまねぇな……」
”キ~ン コ~ン カ~ン コ~ン ”
終業時間。
「さて。帰らなくちゃ…」
チャイムが鳴ると同時に、幹雄は帰り支度を整える。
「おう、幹雄。お疲れ」
「すいません、遠山さん、浪路さん。お先に失礼いたします」
同僚に挨拶をすると、幹雄は早足でオフィスを去る。
「…幹雄も毎日大変だよな~。この東京の会社から栃木まで帰るんだもんな。」
残業決定の浪路は、大仰にイスに寄りかかりながら、
パソコンのディスプレイをぼんやりと眺める。
「ま、それに可愛い女房も待ってることだしな!」
「さぁ、ビビアン。お家に帰るよ」
家に帰れば、愛する妻と大好きな植物たちが待っている。
幹雄は心躍らせながら、駅へ向かった。
大通りを抜け、ビルとビルの狭間にある、駅への近道を選ぶ幹雄。
これが彼の帰宅コースである。少しでも早く家に帰りたいが為だ。
彼が、人気の無い裏通りに足を踏み入れた瞬間…
―――――― 事件は起きた。
突如、幹雄の前に、一見チンピラ風の、
筋肉質で強面な大男が二人現れる。
幹雄自身も、180cmを越す大男だが、
背だけが高く、かなりの細身なので、
身長は劣っていないものの彼の方が何故か小さく見える。
「な…なんですか?」
「あんたぁ、中原幹雄ってんだろ?」
「そ、そうですけど…」
「ちっと、付き合って貰おうか」
「な…………!!」
何故、と返事をするのも待たず、
大男の一人が、幹雄のみぞおちに一発、拳を入れる。
その瞬間、幹雄の手から、ビビアンが地面へと落ちる。
…ガシャッ。
鈍い破壊音とともに、植木鉢がまっ二つになった。
そんなことはお構いなしに、大男二人は幹雄を担いで、
裏手に止めてあった車に乗り、どこかへ去っていった。