[小説]愛と青春のボンソワール(2)

小説/本文

その頃重役出勤で堂々と遅刻して会社に向かっていた
沢井英司は、車を走らせながら鼻歌を歌ったりして、
何だかものすごくゴキゲンだった。
それもそのはず。昨晩1ヶ月かけて作っていた
藤原○香の1/1フィギュアが完成したのだ。
「ふふふ~♪遂に完成したぞ~さっそく会社でお披露目しよう」
そんなものお披露目したらさすがの社員達も
思いっきり引くだろうに、彼はそこのところ
全く分かっていないようだ。

しばらく車を走らせていくと、交差点で
赤信号にひっかかる。
信号待ちの英司が徹夜明けの目で見たものは…
何やら大きなカバンを持って
急いでる様子の、芹子であった。
「ん?ありゃあ芹子ちゃんじゃないか。
会社はもう始まってるってのに、どこへ行くんだ?」

声をかけようとも思ったが、信号も変わり、
こんな混雑した交差点で停車など
できない、そう思った彼はそのまま
会社に向けて車を走らせた。

やっと会社に到着し、会社の駐車場に車を停める英司。
お披露目予定の例のフィギュアを小脇に抱え、
会社のあるビルへ向かおうとした。
その時…
駐車場の隅に、一人の男がぐったりとしゃがみ込んでいる。
その男とは、なんと満であった。
大事なフィギュアをそぉー…っと車のわきに
置いてから、満に駆け寄る英司。
「ど、どうしたんだい!?まんちゃん!!」
「…ああ…英司さん?せ…芹子…見なかったか?」
満は、何やら駆け回っていた様子で、
体中汗だくで、いつもは丁寧に束ねている長髪も
ほどけてボサボサである。
「ああ、芹子ちゃんならさっき、途中の交差点で
見かけたよ。何だか旅行に行くみたいな
大きなカバン持ってたねえ。何かあったのかい?」

英司からその言葉を聞くと、満はガックリとうなだれて、
「しまった………遅かったか………」

話は遡る……………

「フッフッフ………ついにこの計画を実行に移す日が来たのだ。」
その日の朝、東京駅へ向かう電車を待ちながら、満はほくそ笑んでいた。
「時刻表トリック………
この完全犯罪はかならず成功するのだ。フッフッフ……」

ニヤニヤと悪の美学を気取って独りごちている、完全に自分の世界であった。
もちろん手は、ありもしないワイングラスを持つ形になっている。
向いのベンチでは母親が子供に「見ちゃいけません」と言っていた。
「クックック……」
まだ満は笑っていた。
しかしこんどは売店で買った「クレヨンしんちゃん」を読んで笑っているらしい。
満は何をしようというのか!?
何のことは無い、ようするに遠くの町をいくつかまわって宝くじを買おうというのだ。
どこがなにが犯罪なんだ!と言っても気分の問題である。
そうこうしているうちに電車が駅に到着した。
「フフフ………このゲームにあなたも参加してみませんか?」
満は、長瀬智也の物まねをしながら電車に乗ろうとした瞬間、それを見た。
駅の前の道を芹子が走って行くのだ。
「あれは………」
電車の発車のベルが鳴り響く。
少し考えた結果、満は駅の外へ走って行った。

「まいったな、計画がめちゃくちゃだぜ。」
芹子に声をかけるタイミングを失ったまま満は芹子の後を早足で追っていた。
声をかけ辛く、かといって放っておけない、そんな表情を芹子はしていたのだ。
芹子は重そうな荷物を抱えていた。

(一体…なんだってあんな大荷物を…旅行に行くにしちゃあ、今日は平日だしな…)
思い荷物を持っている割には、早足の芹子。
満は、追いかけるのが精一杯で、声をかけることができない。
ふと、芹子は高層ビルの合間の路地に入っていく。
近道でもするつもりなのか。
入り組んだ道に入られると、郊外に住む満には、
この近辺に住み、土地勘のある芹子を追いかけるのは難しい。
満は、思い切って大声で芹子を呼んだ。
「芹子!!!」
芹子は満の声に気づき、振り向く。
が、その瞬間、怒りそうな、泣きそうな…
なんとも複雑な表情を見せ、走り去った。
「待てよ!芹子!!」

…必至で追いかけた満だが、うまくまかれてしまい、
見失ってしまった。
「ちくしょう…なんなんだよ一体……ん?」
走り疲れて立ち止まった満の足下に、何かが落ちている。
なんだか見覚えのある色合いのカード。
「これは…」
N.H.K社員のIDカードである。
社員たちはこれで会社のドアを開けて入る。
つまりこれがないと会社に入れないのだ。
どうやら芹子が落としていったらしい。
「もしかしたら、これから会社にくるかもしれないな。
旅行に行くんだったら、これを持ってる必要がないし…」

満は、芹子のIDカードをポケットに入れ、会社に向かった。

その頃、芹子は…
「な…ないっ!!カードが…ちょっと…まいったわね…」
案の定、「どこか」へ行く前に会社に寄ろうと思っていた芹子は、
近道をして早くも会社についたものの、カードがなく、路頭に迷っていた。
「どうしよう…あれがなくちゃ飛行機に乗れないわ」
どうやら、「あれ」を取るために会社に来たらしい。
「あれ」とは一体なんなのか…

「で、沢井さん、芹子の行き先に心当たりは無いですか?」
話は戻ってここは会社である。
「………むむむ、無いねぇ、でも誰か知っている人がいると思うよ。」
芹子の後を追うのをあきらめた満は、
むしろ彼女の行き先を調べるためにオフィスへと向った。
エレベーターから降りる三人。
満と沢井と藤原○香。
「うぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
鉢合わせした次郎が驚くが、三人(?)は無視してオフィスのドアを開ける。
しかしもはや驚く人間はいない。沢井のフィギュア持ち込みは前からいる
社員にとっては、毎度のことであった。
反応が無いのも気にせずに藤原○香のセッティングを始める沢井を捨てて、
満は聞き込みを始めた。
そして何人めかのハリーから有力な証言を得た。
「あらぁ~、そーいえばすこし前に眞妃ちゃんが、携帯受けた直後に急いで出ていったわよ。」
(それだ!)
満は確信した。
(なるほど!俺以外の社員でまともなのは眞妃だけだからな!彼女に何かを頼んだのか!)
しかし、この会社に居る時点ですでに誰もまともでは無かった(笑)
「でよぉ、その時に眞妃は何か言ってなかったか?」
さらにハリーを問い詰める。
「そぉねぇ……あ!そういえば彼女、ミョ~な物持って行ったわよぉ」
「妙な物?」

満とハリーがてんやわんやしていると、
突然、何者かがドアを勢い良く開けて現れた。
「ちょっと、大変よ!!どーしてくれるのよーっ!!」
その人物とは、なんと社長だった。
「…あれ?社長?社長がこの小説に出ていいのかよ?」
「るさいっ!!社長は何してもかまわないんだよっ!!(どばきいっ!!)」
社長は怪訝そうな顔をする満に容赦ないケリをいれる。
「…な…なんてむちゃくちゃな…」
「ところで、どーしたの?社長さん。
会社に現れるなんてめずらしーわねー」

ボコボコにされている満をよそに、ハリーはのんきそうに問う。
「そーよ、こんなことしてる場合じゃなかった!
大変なのよ!芹子ちゃんが昨日いきなり辞表つきだしてきて」

ハリーと満は目が点になる。
「な、何ィーーーーーーっっっっっっ!!!???」
「それで、あんまりにも突然だったから、周りの人に
何かあったのかって聞いてみたのよ。そしたら
橘や眞妃さんが言うには、まんちゃん、アンタが
関わってるそうじゃないの!!!!」

社長は怒り狂ってもはやスーパーサ○ヤ人4くらいに化している。
「…んなこといったって、オレなんの覚えもねーよ!!」
だが、芹子が満を避けているのも事実である。
「とにかく、アンタは今日中に芹子ちゃんを連れ戻しなさい!!
じゃないと、アンタ今日でクビだからねっっ!!!!」

「ん、んな殺生なーっっっ!!!!」

「…で、眞妃は何分前くらいにここを出たんだ?」
芹子追跡に自分のクビがかかってしまったせいか、
満はいつになく真剣である。
「んーっとねぇ~15分くらい前かしらん?
赤のチェック柄のキンチャク持って出てったわね~」

ハインリヒは、のんきにファンデーションを塗りたくりながら言う。
「で、眞妃は携帯で呼び出されて出てったんだろ?
お前、眞妃の携帯No.教えろよ」

「いや~~ねぇ~!まんちゃんったら!そんなのボクが聞きたいくらいよっ!
知ってたらとっくにかけてるわよっ!もしボクが眞妃ちゃんの携帯
知ったらきっと眞妃ちゃん、携帯のNo.はおろか
メーカーまで変えるわよきっと!」

確かに。彼女が毛嫌いしているハインリヒが
携帯番号を知るはずもない。
他に眞妃の携帯No.を知っていそうなヤツは…
「そうだ、みはる!!」

「みはるちゃんなら、『たこ焼き食べた~い♪』ってさっき買い出しに行ったよ。」
ゴキゲンに藤原○香フィギュアを磨きながら英司は言った。
「あんのヒマ人め…あ、そうだ!みはるのPHSなら知ってる!!
よし、かけてみるか!!」

…トゥルルルルル…トゥルルルルル…トゥルルルルル…(×3)
ガチャッ

『はぁ~い!みはるちゃんでーっす!!今日もノリノリでーーっす!!!
ゴメンねー!!今留守しちゃってまーす!!どぉーーーっっしてもあたしの声が
聞きたい人はピーってゆー音がなったらメッセージ入れてね♪
すぐかけ直すわっっ!!!!
え?電話の声よりナマの声が聞きたい?いやーんもう!
そんな』
(ブツッ)

「だあーーーーーーーーーっっっ!!!!
みんなオレがクビになってもいいってゆーーのかあ!!!!!!」

その頃、芹子は…
「ありがと、眞妃。助かったわ」
芹子は、眞妃と駅前で合流していた。
「ううん、どうってことないわよ。ところで、
どうしたのその荷物。何となく旅行って感じには見えないけど」

図星をさされたらしく、芹子の顔がこわばる。
「…やっぱ、眞妃にはかなわないな~…」
心なしか、芹子の目が潤んでいる。
「…何か、あったの?」

しばらく沈黙が続いた後、ゆっくりと芹子は言った。
「あたしね…ドイツで暮らすことになるかもしれないんだ…」

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