芹子の帰国予定日から２日が経った。
「…まったく…一体どうしたってのよ…芹子は…」
眞妃は、電卓を叩きつつ、芹子の連絡を待っていた。
時計は夜の８時を回っていた。
「芹子ちゃん…一体どうしたのかしら…」
普段、芹子と仲のいい愛子も心配そうに呟く。
「おい、眞妃！愛子！」
満と悟史がオフィス内に駆け込んできた。
手にはコンビニの袋。どうやら買い出しに行っていたようだ。
「芹子から、連絡あったか？」
眞妃は、無言で首を振る。
「…もしかして…お父様の容態が思わしくなくて、
帰国を延ばしたのかしら…でもそれだったら、連絡の一つくらいくれても…」
待ちくたびれたのと、心配する気持ちが重なって、眞妃は大きなため息をつく。
「今日連絡とれなかったら、芹子ちゃんのパパの家の連絡先を
つきとめましょうよ!!それしかないよ……もう……」
愛子が泣きそうになりながら言う。
「ええ…でももう少し待ってみましょう」
…どのくらいの時間が経っただろうか。
時計の針はもうすぐ日が変わるところまでさしかかっている。
「……これはもう……警察に連絡するしかないんじゃないかなあ……
あんまり考えたくないけど、なんらかの事故に巻き込まれてる
可能性だってないわけじゃないんだし……」
眠い目をこすりながら、悟史が言う。
一同に不安がよぎる。
満は顔をしかめ、しばらく黙った後、
「……そうだな……警察に……」
…と、その時。
”トゥルルルルッ ”
半分うたた寝していた眞妃と愛子が目を覚まし顔を上げる。
眞妃は、おそるおそる、受話器を取る
「………もしもし」
『……もしもし…眞妃…？』
ついこの間まで毎日のように聞いていた、あの声である。
「…芹子？芹子なのね!?あんた、なにしてんのよ!!」
『…ご、ごめん眞妃…』
「帰国が延びるなら一言連絡ちょうだいよ!!
みんな心配してるんだからね!?」
『ホントにゴメン…眞妃…あんまり時間がないの。
手短に言うわ…あたし、お父さんに監禁されてるの』
「……え!?なんですって？」
場所は変わって、ドイツ。
芹子は、父の寝室の電話で話していた。部屋には誰もいない。
10分だけ、という約束で父に電話の許可をもらったのだ。
芹子は、父の病気がウソだったことから、今自分がどういった
状況なのかを眞妃に説明する。
「…それで、今まで電話も許されてなかったんだけど、会社にどうしても
連絡することがあるって言って、やっと電話できたのよ」
『それで、あんたはそのままドイツに住むの？』
「冗談じゃないわよ！あんな大ウソツキオヤジと誰が住むのよっ!!
…なんとか、説得して日本に帰るつもりだけど…全然折れてくれなくて…」
この約１週間もの間、芹子は父を説得し続けた。
しかし、芹子と暮らすことが長年の願いだった父は、頑固だった。
「…もう…どうすればいいのよ…」
芹子はうなだれる。
『…じゃあ、もっと日本に帰りたくさせてあげようかしら』
『…芹子か？』
電話の相手が変わった。
芹子が長年聞き慣れた、そして、想い続けていたあの男の声である。
「……み……みつる……？」
『お前、どうしたんだよ！みんな心配してんだぞ』
ドイツに来る前に、一度はけじめをつけたはずの想いだった。
だが………
満の言葉一つ一つが、芹子の感情を高ぶらせる。
満は、いろいろと話してくるが、芹子は、涙が止まらず、
満が何を言ってるのかすらもわからなくなっていた。
『……だからなー、…ってオイ、芹子？聞いてんのか？』
「……んっ……」
『せ、芹子？お前、泣いてんのか？』
「……み、満……」
『何だよ？』
「あ…たし…………会いたい……!!
……満に、会いたいよ……!!」
再び、日本。
電話で話している満をオフィスに残し、
眞妃、愛子、悟史の３人は、気を利かせて
会議室へと移っていた。
満と芹子は電話回線１本で繋がり、二人きりだ。
『……ご、ごめん満!!なんか変なこと口走っちゃって……
久々に満の声聞いたら頭おかしくなっちゃったのかしら!?あははは……』
芹子は、今の発言がほとんど満への告白に相当すると思ったらしく、
力一杯、無理して茶化す。
満は、黙ったままだ。
不安になった芹子は、焦って話し続ける。
『あ、ホント気にしないでってば！い、今のはナシよ、ナシっっ!!』
「…ナシにするな」
意を決したかのように、満は口を開く。
『……え？…な、何？』
「オレも、お前に…会いたい」
芹子は、一瞬自分が何を言われたのか分からなかった。
というか、信じられなかった。
今までの満なら、「何言ってんだお前」と聞き流すか、
「そーか～そんなにオレに会いたいか～？まったく…オレのカッコよさは罪だな…」と
茶化すかのどちらかだと思っていた。
『…な、何言ってんのよ…いつになく真剣になっちゃってさ～
満もどうかしちゃってんじゃないの？あっはは…』
今のは冗談だろう、と芹子は無理矢理笑う。
しかし、満は真剣である。
「…今から、迎えに行く」
『…は!?』
「だからお前はそこで待ってろ。オレが必ず助けるから」
満の、予想付かない発言が、芹子を耳まで赤面させる。
『な…な…何言ってんのよ！ここはドイツよ!?そのへんの商店街に
買い物行くのとはワケが違うのよ!?だいたい仕事もあるクセに、
無理に決まってんじゃない!!」
「そんなに、強がるなよ」
『……!?』
「だいたい、そんなこと涙声で言われたって、『ハイそーですか』
って仕事なんてできっかよ！
…誰よりも一人でいるのがイヤなくせに、こんなときまで強がるなよ」
幼い頃から、母一人子一人で暮らしてきた芹子。
芹子を育てるために、働いてばかりの母は、家にいることは少なく、
長いこと一人の夜を過ごしてきた芹子。
孤独のつらさは芹子が一番よく知っているはずだ。
『……そ、そんな…あたし泣いてなんかないっ!!
べ、別に満になんて助けに来てもらわなくても、あたし一人でも帰れるんだから!!!』
本当は、満の言葉がうれしいくせに、どうしても素直になれず強がる。
…芹子は、過去に満にフラれたことから、満からの決定的な一言を恐れている。
満にはそれがわかっていた。
そうさせているのは、まぎれもなくこの自分自身だから。
「すまねえ、芹子…」
『な、なによ…!?』
「お前がなんと言おうと、オレはドイツに行く。お前に会いたいから。
……会って話したいこともあるしな」
『!?』
「……じゃ、今からいくぜ。ドイツまんじゅう用意して待ってろよ！」
芹子の返事を待たずに満は電話を切った。
芹子は…
「……何よぉ……っ」
満が電話を切ったのと同時に、こらえていた涙が、一気に流れる。
「……ドイツにまんじゅうは無いわよ、バカ……」
強がりを言ってみるものの、一週間、気を張りつめっぱなしだった芹子の心が、
少しずつ和らいでいくのを、芹子自身も感じていた。
一方、日本。
電話が終わったのを見計らって、眞妃、愛子、悟史の３人がオフィスに戻ってきた。
芹子からの電話がある前の満とは、明らかに違う。とても落ち着いた様子だ。
迷いが晴れたのね、と、眞妃は微笑む。
「眞妃、千雪の携帯No.知ってるか？」
「…え、鳥居さんの？まあ知らなくはないけど」
「ちょっとかけてもらえるか？」
トゥルルル…トゥルルル…トゥルルル………ガチャッ
『……うるっっさいわねぇ!!!!今何時だと思ってんのよ!!??』
どうやら睡眠中だったらしく、えらく不機嫌な千雪が電話に出る。
「千雪か？遠山だけど」
『……………………………………え、あ、あら、遠山さん？
ど、どうもごきげんよう。どなったりしてごめんなさいねぇ』
男性で、しかも一応先輩の満からだとは思わなかった千雪はあわててフォローする。
「いきなりで悪いんだが、お前に頼みがあるんだ」
『？…ええ、私でできることならなんなりとどうぞ』
「お前んち、金持ちだろ？
今から、ドイツの空港から芹子のオヤジん家までヘリ１台チャーターしてくれ」
『な……なんですってぇーーーっっ!!!??』
満の発言に、オフィスにいる３人も驚く。
満は、芹子を助けるためだ、と、千雪を説得する。
「頼むよ、千雪!!」
『な、何言ってんのよ!!何でこの私が神崎さんの為に
そこまでしなければならないんですのっ!?』
「そこをなんとか…!!頼むよ、千雪！もうお前しかしないんだよ!!
芹子を救う、イコール会社を救うことになるんだ!!お前は会社の救世主だ!!!」
満の、あまりにもわざとらしい持ち上げ方に、眞妃は
「いくらなんでもそれじゃわざとらしすぎるわよ…」
と、ぼやく。
とりあえずドイツ行きの飛行機のチケットを確保しないとね…と思っていたら
『………(キラーン！)そうね、会社を救えるのは他の誰でもない、
この鳥居千雪しかいないということですものね！まかせてくださいませ!!
わたくし、会社を救うためでしたらヘリだろうが飛行機だろうがスペースシャトルだって
チャーターしてみせますわよぉぉぉ!!!!オーーーッホッホッホッホッホ!!!!!!!』
よろめく一同。
「な……なんって単純なの!?」
とりあえず、ヘリは千雪にまかせ、一同は朝イチでドイツへ向かうことにした。
ドイツに向かうのは、詳しい事情を知る４人、満・眞妃・愛子・悟史だけ…と思ったら…、
「イヤ～ン♪ボク、ドイツに行くの初めて～ん♪♪」
クネクネと浮かれるハリー。
「深○恭子ちゃんフィギュア(１／１)は、税関通れるかな？」
いつものようにフィギュアを抱える英司。
「まんちゃ～ん♪♪あたし成田空港初めてなのっ♪写真とろ写真!!あっ、プリクラも～っ!!」
田舎者根性丸出しのみはる。
「…フフ…例の計画のために他の国を視察するのも悪くない……フフフフフ……」
怪しさ全開の恭一郎。
「わあ…すごいよビビアン、ここが成田空港だよ。僕たちは今から空のお散歩だよ…」
さらに怪しさ全開の幹雄。
「す、すいません遠山さん…社長が僕たちの旅費も出してくれたんで…
希望者のみの緊急社員旅行ということみたいですが…」
申し訳なさそうに言い訳する橘。
何故かこのような大人数になってしまった。
「…………(汗) ……まあいい、よし、今から芹子を迎えに行くぞーーっ!!!」
『オオオオーーーーッ!!!』
黙っていても怪しい軍団がいきなりかけ声をあげたため、
「コラコラコラ!!君たち!!なにしてるんだね!?」
N.H.K一行はさっそく警備員に注意されてしまった。
１時間警備員に説教を受けた後、いざドイツへ!!!!
…と思ったら、税関で、
英司は１／１フィギュアがひっかかり、(当然だろ)
恭一郎は怪しげな薬品をたんまりと持ち歩いていたためひっかかり、
幹雄は探知機が何故か手に抱えていたビビアンに反応してしまい、
ハリーは行動があまりにも不審なため警察につかまり、
結局、オマケメンバーで無事にドイツに行けたのは
みはると橘の二人だけだった…
６人は一路、ドイツへと旅立っていった。
