[小説]遠い日の慟哭(プロローグ)

小説/本文

枯れ葉の舞う、秋の夕暮れ時。
鮮やかな夕焼けが、辺り一面を。
…血のように真っ赤に染めている。

…ザザー……ン…

波の音だけが、静かに響きわたる。
誰もいない、海辺の墓地に。
一人の男が、花と線香、バケツを持って
墓地内をゆっくりと徘徊していた。
「夕暮れ時の墓地っつーのは…ある意味夜中よりも
ゾッとするものがあるな…」

墓地という、元々が湿っぽい場所を、
夕焼けの日の光が、墓地の不気味さをさらに増していた。

「悪ィ、遅くなっちまった」
男は、目的の墓石を見つけると。
まるで友人に声を掛けるかのように言葉を投げかけ、微笑む。
そして、無造作に墓石の前に花を生け、
まるごと一束の線香に火を付け、生けた花の前の置く。
皓々と燃える線香の炎で、煙草に火を付ける。

「…おっと、忘れるトコだった」
男は、何かを思い出すと、
突然、羽織っていたコートを脱ぎ、
トレーナーの中に、器用に手を突っ込み、
その下に巻いていた『モノ』を徐々に解いてゆく。
それを全て解き終えると、
男の胸に、柔らかな曲線が現れる。
それは、『彼』が紛れもなく『女』であることを象徴していた。
「…真砂(まさご)の前だけは『女』でいるって決めたんだもんなー…」

…ヒュゥゥゥゥウ…

「ふぃ~、寒ぅ…」
サラシを解いた女は、冷たい秋風にさらされ、
脱いだコートを再び纏う。
寒そうに手をこすりながら、女はバケツの水を柄杓で汲み、墓石へかける。
「……もう、7年か……」
水をかけ終えると、女は墓石の前であぐらをかき、
2本目の煙草に火を付ける。

女は、煙草の煙と共に深いため息を吐きながら、
故人と過ごした、遠い昔を思い出していた…

――――7年前。

「起きろ、浪路!!早くしねぇとガッコ遅れんぞ!!」
威勢のいい声で怒鳴ると、浪路が纏う布団を剥ぐ。
「…んぁにすんだよ…真砂ぉ…あと5分…」
浪路は、布団を剥がれても、丸くうずくまったまま全く起きようとしない。
「…毎朝毎朝いいご身分じゃねぇか…この野郎!!!」
痺れを切らした真砂は、ついに浪路の敷き布団を
持ち上げ、一気にひっくり返す。

ドサァッ!!ガンッ!!!

無惨にも、畳の上を転がり壁に激突する浪路。
「…てんめぇ……ヒトがいい気持ちで寝てるっつーときに…!!」
「何がいい気持ちだ!寝起きの悪ィてめぇを毎日起こして
やってるこっちの身にもなれってんだ!!バカ野郎!!!」

「んだと!?」
「やるか!?」
「ちょっと!二人とも!!いい加減にしなさい!」
今にも取っ組み合いのケンカになりそうなところで、
母親が止めに入る。

東堂家長女・真砂、17歳。
次女・浪路、16歳。
この二人のケンカは、東堂家の日常茶飯事であった。

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