[小説]遠い日の慟哭(1)

小説/本文

「ふーーっ!ギリギリセーフ!!!」

始業のチャイムと共に、教室に飛び込む浪路。
「おう浪路。今日はセーフだな!」
隣の席の男子が、失笑しつつ祝福の言葉(?)を浪路に贈る。
どうやら浪路は遅刻常習犯らしい。

ここは、街の郊外にある、男子高校。
真砂と浪路は、この学校の高校3年と2年に在学中だ。
なぜ、女であるこの二人が男子校に通っているのか。
それは、東堂家のしきたりによるものであった。

東堂家に生まれた女性は、例外なく、男性として育てなければならない。
男性と結ばれてはならない。
それは、東堂家に古くから伝わる、絶対的な掟であった。
――――――だがもし、その掟を破ったならば…

昼休み。

「浪路ぃ!!」
突然、真砂が浪路のいる教室へ怒鳴り込んでくる。
「んだよ、真砂」
「てめぇ、俺の弁当間違って持ってっただろ!?」
青いチェック柄のナプキンで包まれた弁当箱を片手に、
手をふるふると震わせる、真砂。
「はぁ?別にどーってことねぇだろが、んなこと。
もう食っちまったよ」

間違えたことに気付いていた浪路だが、
別にいいだろう、と気にせず平らげてしまったのだ。
「どーってことあるんだよ!この野郎!!こっちの弁当には
俺が死ぬほど嫌いなウメボシが入ってるんだよ!!!
どうしてくれんだっ!俺の昼メシ!!!」

真砂の必死の抗議に、教室にいた生徒達から失笑が漏れる。
「なっ、何がおかしいんだーーっっ!?」
真っ赤になる真砂。
「…ちょっとしたことでもアツくなるの、お前のクセだよなぁ」
笑ったのは浪路とて例外ではなかった。

「…それにしても、今日はホントまいったぜ。
ウメボシごときで怒る兄を持つ男のレッテル貼られたぞ?」

帰り道、浪路は昼休みに起きた爆笑ハプニングを振り返る。
「う、うるせーな…いいだろ別に」
真砂も、今になって恥ずかしいことをした、と赤面する。

今日は、綺麗な夕焼けである。
浪路は、そんな夕焼けを素直に綺麗だと思いながら、
ゆっくりと歩いていた。
そんな時、真砂がふと立ち止まった。
「…どした?」
「……いや……」
「?」
真砂は、周りに人がいないことを確認すると、
ゆっくりと語り始めた。
「……俺ら、よくバレずにあのガッコ行ってるよな…」
浪路は、なんだ、そんなことか。と言わんばかりの表情。
「まぁなー。そもそも性別なんて、素っ裸にでもならなきゃ
そー簡単にバレやしねぇもんな」

「でも、結婚しちゃいけねーならよー、
俺いっそのこと男子校なんかより女子校行きたかったぜ…」

本当に残念そうに呟く真砂に、浪路も
「アッハハハハ!同感!」
思わず笑ってしまう。

「…あっ、そうだ」
笑う浪路をよそに、ふと何かを思いだした真砂。
突然、乱暴にカバンの中をあさり出す。
「ん?何してんだ?」
不思議そうに見る浪路。
「…あれ…ないな…」
「何が?」
「…アレだよ、アレ」
ハッキリと理由を言わない真砂を、訝しげに見つめる浪路は、
しばらくして『それ』が何なのかに気付く。
「ああ!生理の…」
「バカ!声でかい!!」
慌てて真砂が浪路の口を手で塞ぐ。
顔は真っ赤である。
「何お前、真っ赤んなってんだー?真砂ちゃん、かーわいー♪」
「う、うるせえっ!」
こみ上げる照れを、必死に隠そうとする真砂。
だが、照れの表情は次第に不安の色へと変わっていく。
「もうすぐなると思って持ってきてたんだけど…
…もしかしたら…どっかに落としてきたかも…アレ…」

「え?学校だったらヤバイじゃんか!
男子校には絶対に存在しねぇもんだからな、見つかったらエライことに…」

顔を見合わせ、青くなる二人。
「お、俺探してくる!」
真砂が家路とは反対方向へと走り出す。
「俺も行くよ!」
「いいよ、お前は!帰れよ!」
半ば追い払うようにして、浪路を止める真砂。
顔はまだ真っ赤である。
どうやら、自分の所有する例の『モノ』を見られたくないらしい。
「ま…待てよ真砂!」
浪路が止めるのも聞かずに、真砂は学校に向かって走り去っていった。
「なーに照れてんだか…アイツは…兄弟じゃん…」
普段は自分と同じくらい、いや、下手したら自分よりも男らしい真砂だが、
こういう、妙に照れ屋なところや。
昼のウメボシ騒動も、突っ走るだけ突っ走って、
後になって後悔したりするところは、とても純で、何だか可愛い。
お互い、掟に縛られて、恋愛も許されない身分だが。
この姉…真砂と一生を過ごすのも悪くない。
浪路は心からそう思っていた。

気が付けば、午後6時を回っていた。
秋という季節からもあって、辺りはすっかり暗くなっていた。
「まいったなぁ…もうこんなに真っ暗なのかよ…」
どこに落としたのかは知らないが、まず教室から探そうと、
恐る恐る自分の教室へ向かう、真砂。
真砂は、誰もいない真っ暗な場所や、墓場など、
ホラースポットは大嫌いであった。
「早いトコ見つけて…帰ろ…」

震えながらも、やっとのことで自分の教室が見える階へとたどり着く。
「あれ?……やべぇ、誰かいんのか?」
自分の教室には明かりが付いていた。
嫌な予感がした。
もし、今教室にいる人に、『アレ』を見つけられてしまっていたら…
どう説明しようか。
だが、教室で落としたという確証もない。
ごくり、と唾を飲み込み、真砂は教室の戸を、
中がやっと覗けるくらいに、そっと開けた。

――――――嫌な予感は的中した。

教室内には、クラス内でも有名な不良グループ数人が、
煙草をふかしつつ、缶ビールを持ち込んでたむろしていた。
不良の一人が、小さなポーチを片手に、ニヤニヤしながら話している。
そのポーチとは、まさに真砂の所有する『アレ』であった。

「ところでよー、なんで東堂のヤツ、こんなもん持ちあるいてんだ?」
すでに所有者までバレてしまっている。
ポーチの中には、例のモノとともに、ビデオレンタル屋のカードや
生徒手帳も一緒に入っていたのだ。
「そりゃ決まってんじゃん!実は女だったとか、
それともかなりの変態かだぜ~?ハッハッハ!」

「まー、考えてみりゃ女っぽいツラぁしてっかもな」
「どーする?コレ」
「とりあえず東堂真砂チャンに聞いてみるのが一番じゃねぇの?
もしホントに女だったら…面白ぇな!ヤッちまうか?ハハハハ!!」

(まずい…よりによってあいつらに…)
例のモノだけならまだしも、生徒手帳まで奪われてしまっては、
誤魔化しようがない。
もはや、どうすればいいのかわからなかった。
真砂は廊下にどっとへたりこんだ。
その時。

「…お?誰かいんのか?」

(!!!!)
静まり返った校舎内なら無理もないのか、
へたりこんだ時の音を聞き取られてしまった。
(まずい…逃げなきゃ…)
そう思ったときには既に遅かった。
不良の一人が教室の戸を力強く開け放つ。

「…あ~れぇ?真砂チャンじゃ~ん?こんな時間にどうしたのかなぁ?」
不良の一人は、不敵な笑みを浮かべる。
真砂にとって、それはまさに地獄の鬼の微笑みに見えた。
逃げようとする前に、真砂は腕を乱暴に引っ張られ、
不良数人の前に差し出される。
「もしかして、コレお探し?真砂チャン?」
真砂は、もはや声を出すことも。
頷くことも首を振ることも出来ないほど、硬直していた。
目には涙が溜まり、顔は汗だくである。
「なんでこんなもん持ち歩いてんのかな~?」
不良達の、妙に優しい問いかけが、真砂の恐怖感をさらに煽る。
「こんなもん使わなきゃいけないカラダだからだろ?」
そう言い放った不良の一人が、真砂の制服を
一気に破り、脱がす。

「…………!!!!」

助けを請うとも、大声を出そうにも。
真砂には、抵抗すらも許されなかった。

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