[小説]最期の恋(3)

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それから、雪彦は丸一日、夜半の家で眠ったあと、
だいぶ回復して自力で自宅へ戻っていった。

雪彦が回復して、普通に話せるようになったところで
夜半は、彼が見つけたという「死なずに済む方法」とやらを訊いてみたのだが
途端に顔が真っ青になって、絶対に無理とだけ言い放ち、
逃げるように帰られてしまった。

今の彼の行動の元には、少なからず夜半も関わってしまっているため、
方法さえあるのならどうにかしてやりたいと思うのだが…

(どうにかしなければ……恐らく彼には、あと『5年』もないのではないか?)

2日ぶりに自宅へ戻った雪彦。
「帰らないなら先に言ってちょうだいよね。まぁ、合い鍵持ってたから何ともなかったけど」
特に心配した様子もなさそうに出迎えたのは、上京中の姉・吹雪であった。
「うん……ごめん」
「……何か元気ないわね。体調悪い?」
「……うん……実は……」
雪彦は、自分が倒れて、目が覚めたあと夜半から伝えられた、
自分に起きた出来事を吹雪に話した。
能力が暴発して屋上公園と社屋の階段を氷漬けにしてしまったこと。
倒れていた自分の身体が溶けかかっていたこと。

「………正直、能力の暴発や、身体が溶けるっていうのは、
人間でいう老化現象と同じようなものよ。
キツいようだけど……あんたもとうとう寿命が近づいてるってことね……」

「……そんな……僕まだ22なのに……」
「悪いけど、珍しいことじゃないわ。『長くても』30くらいというだけだし。
10代で死ぬ男だって何人もいるわ」

「…………」
「……ねぇ、雪彦。私と一緒に、実家に帰らない?」
「……え?」
「たぶんこのままだと、老化が進んで、この暑い東京の環境にはついていけなくなるわ。
実家ならまだ涼しいし、少しでも長く生きられると思うし」

「でも…それじゃ……」
恵莉とは別れなければならない。
「彼女のこと?どっちみち、死んだらお別れじゃないの。
それがわかっていて、付き合っていたんでしょう?残念だけど、今がその時なのよ」

「……い、いやだよ……」
強く詰め寄る姉を目の前にしても、雪彦は目に涙を溜めながら必死に拒む。
「……なら……私が教えたとおり……彼女を殺す?」

「……嫌だぁ――――――っ!!」

――――― ……

雪彦が叫ぶのと同時に、彼のいるマンションの最上階の角部屋の一室と、隣2軒の玄関が真っ白に凍った。
「……興奮させて、悪かったわ。でも無理なの、わかったでしょう?」
能力を暴発させたと同時に、雪彦の顔と手が少し溶けかかっている。
だが屋上の時のように、意識を失って倒れることはなかった。

「もう一度、よく考えてね。私はしばらく出かけるわ。
その間に、少し頭を冷やしておいてね。」

その日、気を利かせたのか吹雪は夜になっても帰ってこなかった。
思ったよりも早い、リミットの到来に。
雪彦の頭の中は真っ白になっていた。
気がつくと朝になっていた。
(会社……こんなんじゃ仕事にならないな……でも……)
会社に行けば恵莉が待っている。自分に残された時間が少ないと分かった今、
少しでも多く会っていたい。
そういえば、自分を助けてくれた夜半に、まともなお礼も言っていない。
(……行かなきゃ……)

重い足取りで会社に行ってみたが、恵莉はいなかった。
「恵莉なら今日は横浜支社のサポートに出てるよ。聞いてなかったか?」
「そう……なんですか……」
雪彦は昨日、恵莉からいつものメールはもらっていたが
『体調が悪いのでメールの返事が遅くなるかも』とあらかじめ返事をしていたせいか
恵莉が気を利かせてそれ以上メールを送ってきていなかったのだ。
「わざわざこっちのフロアに来てまで彼女に会いたかったのか?
ほんっとお前ら、噂通りのラブラブっぷりだな!」

羨ましそうに、タバコ代わりのスティックキャンディをくわえながらニヤけるのは、
恵莉と同じ情報システム部の東堂浪路。
「……はぁ……」
心ここにあらず、といった感じで生返事をすると、雪彦は今にも消えそうな亡霊のように
ゆらりと情報システム部を後にした。
「ん?なんだあいつ……体調でも悪いのか?顔真っ青にして……」

雪彦が次に向かったのは、国際部。
夜半が部長を務める部署である。
昨日のお礼とするためでもあるが……
今のこの心境を聞いてもらえる誰かに、会いたかった。
だが…
「白鳥部長?今日は来てないわねぇ~。
さっきおウチの方にも電話してみたけど、出なかったのよぉ」

なんと、夜半も留守であった。
「まぁ、ウチの部長は会社にいても昼間は寝てるだけだから、
居ても居なくてもあんまり変わらないけどね♪
で、部長に何かご用だったの?」

「あ、いえ……ちょっと昨日白鳥部長に色々お世話になったので…お礼だけ言いたかったんです。
また改めて出直しますね。」

どこか儚げな色白美少年ともっと話していたい、というような
国際部の大島椎子を背に、雪彦は、またゆらりと去っていった。

(白鳥さん……一体どこに行ったんだろう……
……恵莉ちゃん……僕はどうすれば、いいんだろう……?)

一面、真っ白な雪景色。
とても真夏とは思えない光景の中に、夜半はいた。

雪深い山中。時刻は深夜0時を回っている。
普通の人間ならまず出歩かない場所と時刻である。
それでも夜半は「ある感覚」を頼りに道なき道を進んでいった。

 …誰だ

「…やっと見つけた。ここか」
姿なき声に全く驚く様子もない『侵入者』に、
声の主は、その声を荒立たせる。

 …我の領域に堂々と足を踏み入れてくるとは…良い度胸だな

「入っちゃいけないなら表札でも立てておけば良いんじゃないか。
どこからが貴方の敷地なのかわかったもんじゃない。」

夜半の屁理屈に、声の主の怒りが頂点に達した。

 …死にたいらしいな!

声の主が怒鳴ると、どこからか無数の氷の矢が夜半を襲う。
しかし夜半は、何かの力で全てなぎ払ってしまう。

 ……!?

「こんな時間にこんな場所に来る奴が、普通の人間なわけないだろう?
まぁ、訊きたいことがあってわざわざここまで来たんだ。それさえ教えてくれれば良い。
俺も無闇に反撃して、この雪山を焼け野原になんてしたくないからね」

 ………

ハッタリではない。
声の主は、侵入者の持つ不思議な威圧感を感じ取った。
この男は、ただ者ではない。

 …貴様、何者だ

「君らの仲間である雪女族の男を友人に持つ、吸血鬼とでも言っておこうか」

 ……吸血鬼…………何が知りたい

「雪女族の男が若くして死なずに済む方法があるらしいのだが、彼が口を割ってくれなくてね。
……ここまでの新幹線代、高かったし。割に合うネタが欲しい所なんだが」

「おつかれさまです」
夕方、仕事を終えた恵莉は横浜支社の面々に挨拶すると、足早に本社への帰途についた。
帰りの電車の中で、恵莉は携帯を片手に考え込んだ。
(烏丸さん…体調わるいっていってたけど、だいじょうぶかしら…)
メールの返事を打つ手間を与えたくないと思い、昨晩からメールは控えていた。
(そろそろおくっても、いいかなぁ…)
と、携帯を開くと同時に、携帯のバイブレータが振動した。

『 From:烏丸雪彦

昨日はメールを返せなくてごめん。
僕はこの先、もうあまり長くないことがわかりました。
残りの時間を家族と過ごすため、青森の実家へ帰ることにします。
今までありがとう。君のことは大好きでした。
僕のことは忘れてください。』

(……烏丸さ……ん……!?)
突然の、あまりにもあっけない別れの宣言に恵莉の頭の中は真っ白になった。
しばらく呆然としていたが、ぼーっとしている場合ではない。
そう気がついた恵莉は、慌てて雪彦の携帯に掛ける。
だが電源が切られてしまったのか、繋がらなかった。

「おう、恵莉お疲れ。横浜支社どーだった?」
本社に戻った恵莉を出迎えたのは、浪路。
「横浜の設備は結構イイのが揃って…………恵莉?どした?」
浪路は、恵莉の様子がいつもと違うことに、すぐに気がついた。

泣いてる場合じゃない。
雪彦が簡単に別れを決めたわけがないというのは、分かっている。
遅かれ早かれ、こういう日が来るのは、分かっていた。
でも最後の瞬間まで、雪彦と一緒に居たい。追いかけたい。
理性ではそう思っても…
「どうしたんだよ!そんなに泣いて……何があったんだ!?」

力ない表情の恵莉の頬を、大粒の涙がつたった。
「なみじせんぱい……わたし、くやしいです……」
「…?」
「このさきどうなるか、わかってる…わかってたのに……
なにもできない自分が、くやしいです……なさけないです……」

恵莉は、寿命のことには触れず…
雪彦が体に変調を来し、実家に帰ってしまうことを浪路に話した。

「追いかけようぜ」
涙ながらに話した恵莉の言葉に対して、浪路は開口一番に言った。
「え………でも………」
「でもじゃねぇよ。こんな一方的にさようならって言われたって、
お前じゃなくたって誰も納得行くわけがねぇよ。
……それとも、お前はこれで終わりでいいのか?」

「…………」
寿命のことを知らない浪路だから、言える言葉なのかもしれない。
遅かれ早かれ、別れが来るのは分かっていたのだ。
だが……
「……い、……いや、です……!!
こんなメール一つでわかれられるほど、かんたんじゃないです…!」

駄々をこねる子供のように吐き出す恵莉の様子を見て、
浪路は、そう来なくっちゃと言わんばかりに微笑む。
「決まりだな。それに恵莉、お前がいなきゃ烏丸を見つけることは出来ないんだ。」
「…え…?」
「こういう時のための、お前だけの『力』があるだろ?」

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