[小説]ユメノツバサ – The Double Actor -(1)Side “Jonathan”

小説/本文

”ぼく、お母さんと一緒に行く ”

そう言って、父の元から去り、母と共に、母の実家がある京都に来た。
(あれから、もう4年も経つのか……)
家庭を放ったらかしで全国を飛び回ってばかり、
話しかけてもまともに会話にもならない破天荒極まりない父のことなど、
好きではなかったし、父がどうなろうと、どうでもよかった。
自分や母がいなくても、独りで生きていけるのだろう。
両親の離婚が決まり、どちらに付いていくかは自由にしていいと言われた時、迷わず母を選択した。
……だが。

「お母さん。今週の土日、お父さんのところに行ってくるね」
女優をしている母は、多くても週に2、3日ほどしか家にはいない。
久々に帰って来た母は、父の名を聞くなりやや不機嫌そうな顔をするが、
すぐに「仕方ない」と言った顔をし、無言で電車のICカードとキャッシュカードを手渡してくる。
「いいよ。お正月のお年玉、まだ残ってるし自分で払うから」
「あの人と私はもう他人だけど、あなたが私たちの子であることは変え様がないことだし
あなたがお父さんに会いたいっていうなら、止めないし手伝うって決めてるって
いつも言ってるでしょう。持って行きなさい」

これは義務だから、と言わんばかりに母はカードを無理矢理押し付けてきた。
「……ごめんね、お母さん」
「何を謝ってるの。親として当然でしょう、こんなこと。
ああそれと、土日なら私も仕事でいないから、戸締りしっかりして頂戴ね。
じゃ、私は寝るから。おやすみ」

つい謝ってしまったのは、父に会いに行く費用負担をしてもらったことに対してではなかった。
母と共に暮らしていくと決めたはずなのに…
父など、どうでもいいと思っているはずなのに…
4年前、母と一緒に行くと告げた時に、父が一瞬だけ見せた、
悲しそうな顔がずっと脳裏に焼きついて忘れられない。
ただそれだけのため、定期的に父の顔を見ずにはいられなくなってしまった。

西城寺初南賛、14歳。
名前は派手だが、どこにでもいる、ごく普通の中学生。だが……。
父は破天荒な流浪のDJ、マイケル・S・山本。本名、山本茂樹。
母は大女優、杜若亜紀。本名、西城寺秋子。
そんな両親の元に生まれたために、日常生活に何かと気を使う日々を送っていた。

土曜日。

初南賛は新幹線に乗り、父のいる「らしい」東京へとやって来た。
父・マイケルは自宅は東京にあるものの、全国を自由気ままに駆け巡っているため
以前、せっかく上京したのにどこかへ行ってしまっていて会えなかった、という
肩透かしを食らったことも何度かあった。
そんな父が最近、「ねぎ秘密結社」という会社の重役の席に就いたと聞いた時は驚いた。
あんな、ほぼ住所不定の破天荒な男を雇おうという会社があったとは。
その会社のお陰で父は、東京にいる確率が上がり、こちらとしても助かったのだが。

ピンポーン ”

(……やっぱり、いないか)
いくらインターホンを鳴らしても、誰も出る気配がない。
父の予定も聞かず、いきなり訪ねてくる自分も悪いとは思うのだが…。
母の見えないところで、父と連絡を取り合ったり、父に自ら連絡することで
父に気を許したと思われたくないため、敢えて父の連絡先などは訊かないでいた。
(まぁ…いっか。適当にぶらぶら遊んで、また夜にでも来よう)

「君、そこの住人に何か用?」

マンションのドアの前から立ち去ろうとしたその時、見知らぬ男が初南賛に話しかけてきた。
「え……あ、あの、すいません。マイケルさんの知り合いですか?」
父の仕事の関係者だろうか。とっさにそう思った初南賛は父のことを尋ねてみる。
敢えて自分が息子であるということは、伏せて。
「……その部屋がマイケルさんの部屋だと知る人は、ほとんどいない。極秘だからね。
マイケルさんの身内の子かな?それとも……」

悪質なストーカーか何かか?と、やや訝しげな目で初南賛を見つめる、男。
逃げるのも余計に怪しいし、どうしていいか分からずに初南賛は大量の汗をかく。
(ど、どうしよう……)

「Oh!その子はワタシの…親戚の、役者志望の子だYO!今日はワタシの仕事現場を見学に来たんDA!」

男の背後から、とてつもない存在感を放つ威勢の良い声と姿を現したのは、父・マイケルであった。
「だいたい、こんな中学生が不審者とかありえないでSHO!
ワタシのジャーマネならそのくらい見分けてYO!」

「は、はい、そうですよね。すいません」
マイケルのマネージャーらしき男は、まだ新人なのか、マイケルと初南賛に平謝りする。
そんなマネージャーを背に、マイケルが満面の笑みで初南賛に寄ってくる。
「ジョナサン!よく来たNE!」
「……う、うん……」
自分の気持ちをとっさに汲んで、マネージャーには息子だと明かさなかった父の行動が、
何だかくすぐったく、初南賛はそっぽを向いた。
「ジョナサン、って名前なんですか?」
変わった名前ですね、とあからさまに顔に書いてあるマネージャーが問う。
「ち…………マイケルさんが僕につけた愛称みたいなものです」
即座にごまかしつつ、マイケルを睨みつける初南賛。
突っ込みを入れかけたマイケルだったが、初南賛が怒るからと思い、それ以上は何も言わなかった。

「それはそうと、今日は彼に撮影の見学をしてもらうんですか?
今日は『大地の恵み戦隊ベジレンジャー』の収録でしたよね。
彼と同じ年頃の役者さんが結構出演してますし、いい勉強になるかと思いますよ」

『トマトレッド!』
『パプリカイエロー!』
『キャベツグリーン!』
『ナスパープル!』
『カリフラワーホワイト!』
『大地の恵みに護られし戦士、ベジレンジャー!ここに参上!
母なる地球の大地は、オレたちが護ってみせる!!』

父がついたとっさの嘘のせいで、収録現場へと連れてこられた初南賛。
(ベジレンジャー……ね。今子供に結構人気ある特撮物だっけか……)
マイケルはこの番組のナレーションを担当していると、マネージャーから聞いた。
「ベジレンジャー、観てませんか?マイケルさん、いつもああですけど
真剣なナレーションもカッコいいですよね!」

マネージャーが興奮気味に話しかけてくる。
(観てるわけないじゃないか……こんな子供番組)
と、冷めつつも、口では「そうですね」とだけ応える。
一応、自分は『マイケルの親戚の役者志望の中学生』という設定になってるのだから、
多少でも芝居に興味がある素振りを見せなければならないのだろうが…。

(……こんな現場、もう二度と来ることもないと思ってたのに……)

思い出したくもない。そう思いながら眉間にしわを寄せつつも。
初南賛は演技をする戦隊の彼らから視線をそらすことができなかった。

自分にも、かつてこうして熱心に演技に没頭していた時期が、確かにあった。

「はい、じゃあ15分の休憩!」

監督がそう声をかけると、現場の緊張感が一気に解けた。
役者達がぞろぞろと、スタジオのセットから降りてくる。
このドラマのメインキャストは、皆自分よりも少し年上くらいだろうか。
(ん…でも、あの子は僕と同い年くらい…かな?)
緑のジャケットを着た、周りよりもやや背の低い少年に視線が行く。
すると、バッチリと目が合ってしまった。
(あ、まずい……変な風に思われなきゃいいけど……)
初南賛の不安は的中し、目の合った彼は早足で近寄ってきた。

「や!君マイケルさんの弟子なんだって?オレも役者始めたばっかなんだ!」
弟子?いつからそんな話に?
初南賛はそう疑問に思いつつも、元々存在自体がここでは「嘘」なので、否定もせずに話を続ける。
「あ……はい。皆さん、演技上手ですね……僕も見習わないと」
「カッタいなぁ~!君トシいくつ?」
「じゅ、14歳…中2です」
「なぁ~~~んだ!オレと同い年じゃん!オレ、榊 ゆたか!知らない?」
「…………」
本気で知らなかったので、嘘でも「知ってます」という言葉をすぐ出すことができなかった。
「こらこら、最近人気急上昇☆な役者のオレを知らないなんて、勉強が足りないぞ~!」
完全に調子に乗っているゆたかは、初南賛の額をつついて、くるりとステップを踏む。
(なんだこの、お調子者は……役者始めたばっかで自分のこと人気急上昇とか……)
「同い年だけど、役者としてはオレのが大☆先輩だよなっ!
まぁ、休憩終わったらオレのパートの収録するから、見て勉強するといいよっ!」

そういい残し、ゆたかは気分がいいのか、軽やかなツーステップで現場へと戻っていった。

(すごい自信だなぁ……別の意味で見習いたいよ……)

15分の休憩の後、榊 ゆたか演じる「キャベツグリーン・緑川ハルカ」のシーンの収録から始まった。

幼なじみの親友・マサルが、敵に洗脳されてしまい、
敵の幹部へと姿を変え、一人でいたハルカに突如襲い掛かった。
変身して応戦するも、マサルは強く、グリーン一人ではとても太刀打ちできず、変身も解けてしまう。
とどめを刺そうとするマサルに、ハルカが命がけで必死の説得をする。

「お願い……マサル、目を覚ますんだ!僕が分からないのか?」

………………

「はい、カットカット!……も~~~、何度やればいいんだ!ゆたか君!
そんなんじゃマサルは目を覚まさないよ!?」

ハルカが命がけでマサルに立ち向かう感動のシーン。
監督はどうしても納得が行かず、先ほどから十数回もこのシーンだけ、撮り直している。
「……とりあえず、10分休憩!ゆたか君も、少し頭を冷やして来い!」
「……はい……すいません……」

周りのスタッフも疲労気味、自分のせいで撮影時間が大幅にオーバーしている
この重たい空気のスタジオの隅で、ゆたかは飲み物をちびちびとすすりながら項垂れていた。
(……さっきの調子のよさが嘘みたいだな……)
初南賛は、やや哀れんだ視線を向けると、その視線がまたしてもゆたかとバッチリ合ってしまう。
「……なんだよ、手本にしとけって言っておきながらまともな芝居できてないじゃんって?」
イライラが頂点に達していたゆたかは、いきなりケンカ腰に話しかけてきた。
「そんなこと、言ってないよ」
言葉では否定しつつも、目を合わせない初南賛の素振りが肯定している。
「だいたいオレ、笑顔が売りだし?『ハルカ』も普段はへらへら笑ってるキャラだし?
なのにさ~、ああいう真剣っつーかシリアスなの苦手なんだよね!ハルカっぽくないじゃん!
ストーリーが良くないよね、ストーリーが!」

自分の実力の無さを、他に責任転嫁させようとするゆたかの態度に、初南賛は苛ついた。
「……どんな人でも、ずっと笑顔のときばっかりじゃないでしょ。
友達が洗脳されて敵になって、笑ってられるわけがないじゃないか。
キャラとかそんなんじゃないでしょ。そのくらいわからないの?」

役者としては『後輩』の初南賛からの反論に、ゆたかは逆上し初南賛の胸ぐらを掴んだ。
「なんだよ!新人のくせにわかったような口きいてさ!
オレがハルカなんだからハルカのことはオレが一番わかってるんだよ!
つーか、ならお前がやってみろよ!そんな偉そうなこと言えるんだから、出来るよな!?」

10分後。

「じゃあ……ジョナサン君だっけか。話の流れはずっと見てたからわかるよね。
上手くやろうとかそういうことは考えず、君なりの『ハルカ』を自由に表現してみてくれ」

(はぁ…何でこんなことに…)
初南賛に恥をかかせてやろうと企んだゆたかが、監督に交渉して
「今のシーン、ボクならもっと上手くやれる!って彼が言ってるんでやらせてみてください!」
と大嘘をつかれ、さらに監督も『マイケルさんの関係者なら仕方ない』と言った具合に
代役を快諾してしまった。

そもそも、マイケルが自分のことを「役者志望」と嘘をついていなければ、
こんなことにはならなかったのに。
芝居なんてもう二度としたくない。
うっすらと懐かしさを感じるスタジオにも、もう二度と立ちたいなんて思わない。
………昔、子役俳優として舞台に立った記憶など、全て捨て去りたい。
(……でも、ここまで来たら……やるしか、ないよね……)
意を決し、初南賛は深呼吸した。

悪の心に染まり、どんなに説得をしても目を覚ましてくれない親友・マサル。

初南賛も、父の気を引こうと、幼い頃は色々と話しかけてみたが、
父は自分のことしか話してくれず、家にいてくれることも少なかった。
『ハルカ』と条件は全く違うが、似たような状況だったのかもしれない。
いつしか初南賛は、父が自分のことなどどうでもいいと思っていると思い込み、
声を掛けることもなくなってしまった。

言葉が届かないなら、行動に移せばよかったのだ。
家を出て行ってしまう父に、出て行って欲しくないなら
体当たりでしがみつけばよかったのだ。

幼い頃の自分の気持ちと、『ハルカ』の気持ちを重ね合わせ………
初南賛の解釈する『ハルカ』が現れる。

『マサル………』

親友であるハルカのことが分からず、鋭い剣をハルカに突きつける、マサル。
もう何を言っても通じない。ならば……。
(お前のこと、全部受け止めるから。だから、どうか思い出して)
台詞はなかったが、『ハルカ』の瞳が、確かにそう言っている。
『ハルカ』は、剣を構えるマサルに怯みもせず、歩み寄る。
そして、そっとマサルを、構えている剣ごと抱きしめた。

『………………』

「カットー!!」

(ぅ……ああああ、しまった!台詞全然言えなかった!! 名前しか言ってないし!!)
おそるおそる監督の方に視線を向ける初南賛だったが…
そこにいたスタッフ一同が、黙り込んでいた。
(あぁ……ダメ過ぎてみんな呆れてるよ……これだから芝居は……)

「いい!いいよ!! すっっっごくいい!! ハルカの、深い深い友情が、すごくよく出ているよ!!
私が求めていたのは、コレだよ!うん!」

感極まった監督が、大きな音で拍手する。
それに合わせて他のスタッフ・キャストも拍手する。
「すごいわよねぇ、みんなあの子の演技に完全に魅入っちゃってたわよね!」
「なあ、あの子誰だ?あんなすごい演技できる、あのくらいの歳の役者いたっけか?」
「マイケルさんの知り合いらしいぞ。一体何者なんだ?」
「どこの事務所の………」

大きな拍手と、様々なひそひそ声と共に視線が初南賛に一斉に集中する。
(う、うわ……まずい……)
「Oh!! もうこんな時間だNE!! 見学の時間も終わりだからこの子は連れて帰るYO!!
いい勉強になったって言ってるYO!! Thank you!!!」

騒然となったスタジオを、一部始終を見ていたマイケルが無理矢理その場を締め、
初南賛の腕を引いてその場を逃げるように去った。

(な……何なんだよあいつ……何者なんだ……?)

自分よりも下だと見切っていた者に、完全に実力の差を見せ付けられたゆたかは、
走り去る二人を呆然と見つめるスタッフ達の陰で、へなへなと膝をついて愕然とした。

外はすっかり暗くなっていた。
周りに人がいないのを見計らい、マイケルはトレードマークのサングラスを外した。

「……イイ演技だったNE! ジョナサン」
「…………ちゃんと台詞も言えなかったし、大したことないよあんなの」
「台本どおりにしかできない子は三流止まりだYO!私はジョナサンの演技、好きだYO!」
息子の活躍を、素直に嬉しそうに褒める父に、初南賛は照れくさく思うも、
我に返りまたしてもそっぽを向く。
「好きとか言われても困る。僕もう芝居なんてしないって決めてるし」
「エエエ~!? 勿体無いYO!!」
「もうそれ以上言ったら、僕今すぐ京都に帰るから」
「ちょ!? WHY!? 待ってジョナサアァァアアン!!!!!」

閑静な住宅街の狭間でマイケルの声がこだまする中、初南賛は早足でマンションへと向かっていった。

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