[小説]ユメノツバサ – The Double Actor -(2)Side “YUTAKA”

小説/本文

昨晩、一睡もできなかったゆたかは、寝不足で腫らせたまぶたを鏡で見ながら、溜息をつく。

昨日の撮影は散々であった。
同じ役者として先輩風吹かせたつもりが、逆に見せ付けられてしまうとは。
(同い年なのに…あんな演技できる奴も、いるんだな。完全にやられたよ…)
ゆたかは、腹立たしく思うも、自分がいかに芝居というものを甘く見ていたのかを痛感すると共に、
初南賛の実力を恨むことも妬むこともせずに、素直に認めていた。
スタジオで愕然としたあと、我に返り、酷いことを言ってしまったことを謝ろうと思った時には、
既に初南賛はマイケルと共にスタジオを去った後であった。
(あんなすごい奴が、ただの役者見習いなんて…。こんな衝撃、『あの時』以来だな……)

「ふぁ……おはよう、ゆたか。……やだ、何その目。すごい腫れてるわよ。ちゃんと寝たの?」
洗面所でしかめっ面をしているゆたかの後ろに現れたのは、ゆたかの姉、みのりである。
寝不足のゆたかを呆れた様子で見つめるみのりであったが……。
「……おはよ。お姉ちゃんこそ、酷いまぶただよ。また眠れなかったの?」
「……………」
「……………」
「……お互い、芸能人やってるのに、これじゃ失格ね。
ま、あたしは仕事午後からだし、それまでまぶた冷やしておくわ」

みのりも、ゆたかと同じく芸能界で仕事をしている。
18歳とは思えない、抜群のプロポーションを誇るグラビアアイドル、榊 みのり。
雑誌のグラビアや写真集はもちろん、バラエティ番組などでも活躍している、
今最も注目されている人気タレントの一人である。
「……あんまり、無理しちゃだめだよ?」
そんな将来有望な姉でも、最近悩みがあるのか、眠れない日々が続いているらしい。
姉に習うように芸能界入りしたゆたかだが、芸能界の厳しさはわかっているつもりだ。
自分は何があろうと頑張っていくつもりだが、姉のことは心配だった。
「……大丈夫よ!天下のアイドル榊 みのりはこのくらいじゃ倒れないわよっ!」
そう言って、みのりはゆたかに最高の『営業用スマイル』を見せながら、寝室へと戻っていった。

姉を心配しつつ、ゆたかは冷たい水で顔を勢いよく洗うと、乾いたタオルで強く拭き、
睡眠不足のだらけた顔に気合を入れた。
(今日はオレはオフだけど…今日のベジレンジャーの収録にマイケルさんは来てるはず。
行って、昨日のあいつの事を聞きだしてみよう!)

「あれ?ゆたか君。おはよう!今日はオフじゃなかったっけ?」
スタジオに入ると、スタッフが不思議そうに声を掛けてくる。
「おはようございます!……昨日、皆さんに迷惑かけてしまったし、
みんなの演技をもっと見て勉強しようかと思いまして。……あと……」

今日は『あいつ』は来ていないのかと、辺りをキョロキョロと見回す、ゆたか。
「……あ、もしかして、昨日のあの子を探してる?凄かったもんね~。
今朝もみんな気にして、マイケルさんに詰め寄ってたけど、今日はいないんだって」

「……そうですかー……」
「Yeah!! ゆたか!オフなのにスタジオに来るとは、仕事熱心だNE!!」
肩を落とすゆたかの前に、勢いよくマイケルが現れた。

「昨日の子?あぁ…ジョナサンのことかNA!…彼なら、今朝早く帰ってしまったYO!」
「オレ…昨日、あいつに酷いこと言っちゃって…謝りたいんです!どこにいるんですか!?」
ちょうど手の空いていたマイケルをスタジオの外に呼び出し、昨日のことを問い詰めるゆたか。
「NN~、ドコ、ドコネェ……」
しかし、マイケルはあまり詳しく話したくない様子で、はぐらかそうとする。
「……オレ、最初あいつのことバカにしてて……でも、すごかった。オレなんか足元も及ばなかった。
あんな演技できる同い年の奴がいるなんて……昔、やっぱりオレと同い年で、
ある映画に出てた子役の演技見て以来の衝撃だったんです!」

「……子役?」
「はい!6~7年くらい前に公開された『空と海の交差点』っていう映画で……
オレが役者になろうって思ったきっかけでもあって……」

「……………」
「………マイケルさん?どうしたんですか?」
ゆたかから、その映画のタイトルを聞かされると同時に、
マイケルは顔色を変え、真剣な眼差しでゆたかを見た。

「……君になら、話してもいいかな。その映画に出ていた子役は、昨日の彼だよ」

マイケルと長々と話をした後、ゆたかはスタジオを後にした。

マイケルは、いつものハイテンションっぷりを抑え、真剣に色々なことを明かしてくれた。
彼……『ジョナサン』が、役者見習いであるというのは嘘であったこと。
役者業は既に辞めてしまっており、復帰するつもりも全く無いということ。
だが……。

「……ワタシは、彼は役者に戻りたいって、思ってると思うんだよね。
じゃなかったら、あんなにアツい視線で君らの演技に見入るコトもないし、
君の代役だって、断ろうと思えば断れたはずだ」

「そうですよね!なのになんで役者を辞めちゃったんですか!?」
ゆたかの問いに、マイケルは遠くを見つめて、寂しそうな表情をする。
「……それは……ワタシが、彼を傷つけてしまったからかもしれないな……」
「え……、それって……?」
言葉から察するに、マイケルとジョナサンは昔からの知り合いであるようだが…。
彼らが親子であるということは聞かされていないゆたかは、一体何があったのか想像もつかない。

マイケルは、少し考え込んだ後、財布からメモ用紙を取り出し、書き込むと、
それをゆたかにそっと手渡した。

”京都府立洛京高等学校付属中学校 ”

「学校…?」
「彼は京都に住んでる。……残念ながら、住所や電話番号までは知らないのでね。
その中学校に通ってることだけは知ってるんだ」

「京都………」
「君なら、ジョナサンの心を開けるかもしれない。彼と友達になってやってくれないか?」

マイケルとの会話を何度も思い出しながら。
翌日、ゆたかは学校をサボって京都へと向かった。

キーン コーン カーン コーン…… ”

京都へとたどり着いたゆたかは、終業時を狙って、
洛京高校付属中学の校門前で初南賛が出てくるのを待った。
彼は、この中学に通っているということ。通称が「ジョナサン」であるということ。
その情報しかないゆたかには、彼に出会う方法は待ち伏せることしかなかった。
(うまく、会えるといいんだけどな……)

「……ねぇねぇ、あそこにいるの、榊 ゆたかに似てない?」
「誰、榊 ゆたかって」
「ほらー、最近ドラマとか良く出てるじゃん!榊 みのりの弟だよ」
「マジ、超似てる!もしかして本人!?」

芸能人、しかも最近TVにそこそこ出ている人間が校門の前にいる。
それだけで、主に女子中学生達の視線が、いつの間にかゆたかに集中していた。
「……あの~、すいません……もしかして、榊 ゆたかさんですか?」
「うん、そうだよ。こんにちは!」
押しかけるように来てしまった中学校の前、しかもプライベートで目立つのは…と思いつつも
ついに声を掛けてきた女子中学生に、正直に本人であることを明かしてしまう、ゆたか。
「キャー!ほ、ホンモノだってぇ!」
(……あ……つい……でもファンサービスも大事だしなぁ……)

校門の前に、一瞬にして女子中学生の人だかりができ、その場は騒然となった。
女の子の黄色い声が辺りに響き渡る。
「も~、君達カワイイからオレ歌っちゃうかな☆」
「キャー!ゆたかくーん!!!!」
上機嫌のゆたか。いつもの自信家っぷりがすっかり復活してしまった。

(うるさいなぁ……なんだ、あの女子の集団は……)
その横を、初南賛は呆れた顔で通り過ぎて行くのであった。

ひとしきり歌った後、その場にいたファン全員と握手をして、
なんとかまとめて終わらせたゆたかは、当初の目的をすっかり忘れてしまっていた。
気づくと時刻は18時を回っていた。
(しまった……オレ、ジョナサンに会いに来たんじゃないか……)
校門前から逃げるように去り、今度は足止めを食らわないように、
コンビニで適当に伊達眼鏡と帽子を買って装備する。
東京から出てきた後、何も食べておらず、腹が減ったので
ファーストフード店でハンバーガーをむさぼった。
(お姉ちゃんのことも心配だし……今夜中には帰らないとなぁ……
せっかく京都まで来たのに、オレ何してんだろ……)

ぼんやりと、窓の外に映る街並みを眺めていると……

「……ジョナサン!!!」

窓の外の目の前を、買い物袋を下げて歩く初南賛が通り過ぎた。
ゆたかはハンバーガーを放り出し、慌てて店外へと走り出した。

「待て!待てぇえええ!! ジョナサン!! 待てよジョナサーン!!!!」

「!!?」
背後からいきなり大声で呼ばれ、驚いて立ち止まり、買い物袋を落とす初南賛。
「……き、君はこの間の……というか、なんでここにいるの!?」
目を丸くする初南賛の両肩を、ゆたかはがっしりと掴む。
「まずは、この間は本当にごめん!君の演技、ホントにすごかった!オレの負けだよ!」
東京から遠く離れた京都で出会って、まず言いたかったことはそんなことか、と言わんばかりに。
初南賛は目を逸らした。
「……別に、その場限りの演技だったし。負けとか勝ちとかないし、気にしなくていいよ。
ごめん、離してくれないかな。帰って晩ご飯作らなきゃいけないし」

芝居とも、役者とも、芸能界とも、もう関わりたくない。
初南賛は何もかもを振り切るように、強引にゆたかの腕を振り払うと、
買い物袋を拾い上げて、ゆたかに背を向けて歩き出した。

「……………待てよ、山本初太っ!!」
「………!!!」

思いも寄らぬ名前で呼ばれた初南賛は、真っ青になってその場で硬直した。
「君、『空と海の交差点』に出てた山本初太だろ!? オレ、君の演技見て感動して、
役者になろうって決めたのに……なんで役者辞めちゃったんだよ!?」

周りの目を気にせず、初南賛にとって、今更思い出したくもないことを
次から次へと大声で叫び出すゆたか。
とりあえず、この人通りの多い街中から連れ出さなければ。
とっさにそう思った初南賛は、無言でゆたかの腕を掴んで走り出した。

・・・・・・・

先ほどの場所から走って5分ほど。
ゆたかは、なすがままに初南賛に連れられ、高級そうなマンションの一室に案内された。
「すごい高そうなマンションだなぁ。君ここで一人暮らししてるの?」
「ただの中学生がこんなとこに一人で住めるわけないでしょ。母親と二人暮らし。
……あと、別に君をもてなすためにここに連れてきたわけじゃない。
静かなところで話したかったから」

初南賛の”機転”にゆたかは納得、と言った感じで笑顔を返す。
「そっか~、オレみたいな有名人があんなとこで大声で話してたら目立つもんね!」
自分が危惧していたこととは若干ズレた解釈をされた初南賛は、苛ついたのか早急に話を進める。
「……なんで、僕が昔役者やってたことと、昔の芸名まで知ってるの」
「そりゃ、オレあの映画が公開された当時から、君のファンだったし。
こないだ君の『ハルカ』見て、あの時以来の衝撃受けたと思ったら、まさか同一人物だったなんてね!」

「もう6年も前の映画だし、あの頃と比べたら成長して顔も体格も、声だって変わってる。
演技ひとつで分かるものじゃないでしょ。なんで同一人物だって言い切れるの」

「そ、そりゃあ…!」
ゆたかは、ジョナサン=山本初太、であることをマイケルから聞かされた時、
マイケルからは自分が明かしたことを出来れば秘密にして欲しいと頼まれていた。
どう説明しようかと言葉を濁していると、初南賛はハッとする。

「……まさか……お父さんが」

ここが自宅であるがゆえの気の緩みからか、マイケルのことを『お父さん』と呼んでしまい、
初南賛は「しまった」といった表情をする。
「お父さん…………君やっぱり、マイケルさんの子供だったのか!
『山本』初太だし、そうかなって薄々思ってたけど!そっか~!マイケルさん子供いたんだ!」

自分の予想が的中して会心の笑みを浮かべるゆたかの両肩を、今度は初南賛が掴んだ。
「………お願い、そのことは誰にも、誰にも言わないで!
お父さんは別にバレてもいいみたいだけど、僕やお母さんが頼んで黙ってもらってる。僕は絶対に嫌なんだ!!」

「え~?あんなカッコいいお父さん、いいじゃん!オレだったらみんなに自慢しちゃうな!
どうしよっかな~、すっごいスクープだよな~!」

バラしちゃおっかな~、と、意地悪そうに目を細めるゆたか。
「……榊くん……!!」
「じゃあ、オレにひとつだけ、正直に教えて。そしたら黙っててやるよ」
「……な、何を……」

「どうして、役者辞めちゃったんだ?」

6年前。
映画『空と海の交差点』で話題になった天才子役・山本初太。
その後製作された続編も大好評で、彼の注目度は頂点に達していた。
そして……その話題の彼の、初主演最新作が発表された。

「……お父さんが、急に『新しいお仕事があるから、おいで』って言って、
連れてこられた場所が、オーディション会場だったんだ。
でもオーディションに参加したのは二人だけ。僕と、『既に主演が決まっていた』他の子役だった」

「既に、決まってた?」
「そう。その映画の主演はもう、既に公募オーディションで決まっていた。後は公開発表を待つのみで。
…なのに、発表直前にお父さんが主催に、主演の子と僕とをもう一度オーディションして欲しいって頼んだんだ。
そうとは知らず、僕はそのままオーディションを受けた。結果は……僕の勝ちだった」

裏事情など何も知らず、素直にオーディションに受かったことを喜んだ初南賛……山本初太。
幸せいっぱいのその帰りに、落選した子役の親と関係者が嘆いている場面を偶然目撃してしまった。

 「……どうして!うちの子が既に主演が決まっていたのに、横からさらわれるような事に!」
「『今最高に話題の天才子役』というだけで、映画の宣伝効果は跳ね上がる、
と製作者側が判断して、一応形だけのオーディションはやったものの
どんな結果であろうと山本初太が主演になるように仕組んでいたんだ…酷い話だよ」
「それだけじゃない、まだ表向きには明かされてないがあの子はあのマイケル・S・山本の息子なんだそうだ。
これを機にそれを公表してしまえば、さらに映画の注目度は高まると目論んでいるんだろう」
「たかが1,2本の映画で話題になった程度の子のくせに…!どうせ親の七光りだろう!
有名人の子だからというだけで、こんな簡単に主演を持っていかれたんじゃ、たまったもんじゃないよ」
「うちの子は……何のコネもなく、赤ん坊の時から芝居一筋で、今回やっと掴んだ主演だったのに…!
何の努力もしてない二世役者に、何もかも持っていかれるなんて…許せないわ!!」

「………お父さんが、良かれと思ってしたことだったのかもしれないけど………
結果、その子役の努力と未来を奪ったことになったんだ。それと同時に……
どんないい演技をしても、『さすがマイケルさんの子だ』で済まされてしまうのかと思うと…
夢も、やる気も、音を立てて崩れていった。舞台の上に立つ気力も、自信もすっかりなくなった」

もう役者に戻る気はない。そう言い切っているのに、初南賛の表情はやはりどこか寂しげであった。
ゆたかには、彼にはまだ芝居への情熱が残っているように見えた。
マイケルは、初南賛は役者に戻りたいと思っている、と言っていたが……。
答えはそこではないことに、気が付いた。

「ジョナサン……オレ、君に役者に戻れとは、言わないよ。
でもさ……君、芝居、好きなんだろ?いや、大好きだろ?」

「え………」
「芝居のことをどうでもいいと思ってる奴が、あんな真剣にオレ達の演技見入らないだろうし、
何より、役の気持ちを心から理解したあの演技。芝居が好きじゃなきゃできないよ!」

「榊くん……」
「ゆたかでいいよ!ジョナサン、オレと友達になってよ!そして、現役役者であるオレに色々アドバイスしてよ!
君がオレをプロデュースするんだ!君が舞台に立たないなら、オレが立つ!」

そう言って、自信満々にポーズをとるゆたかに、初南賛は……。

「……ふ、ふは、ははははは!」

今まで石のように固く、暗い表情ばかり見せていた初南賛が、大笑いする。
「お……おかしいよ、君、何考えてるの?そんなこと言ってきた奴、初めてだよ。
今まで僕の過去を知る人はみんな、また役者に戻れって言ってばかりだったのに……」

「だって、嫌だって言ってる奴に無理矢理やらせたって、いいものになるわけないじゃん!」
役者に戻るつもりはない。でも芝居は好き。
初南賛のそんな気持ちを見抜いて、そう言ってくれたゆたかに、素直に信頼と親近感を覚えた。

「……ありがとう……ゆたか。」

その後、ギリギリ最終の新幹線に乗り、ゆたかは東京の自宅へと戻った。
自分がかつて憧れ、役者を目指すきっかけとなった天才子役・山本初太……ジョナサン。
彼と知り合えたこと、そして仲良くなれそうなこと。
ゆたかはこれからが楽しみすぎて、新幹線の中で一人、ニヤニヤが止まらなかった。

「ただいま~……お姉ちゃん、帰ってきてるかな」
「……っく……ひっく……」

電気もつけていない台所から、すすり泣く声が聞こえた。
「……お姉ちゃん!? どうしたの!?」
「あ……ごめ……ゆたか、あたしも今帰って来たとこ……で……」
慌てて電気をつけると、そこには……
長い髪はボサボサ、目を真っ赤にして泣いている姉、みのりの姿があった。
良く見ると、ワンピースの胸元が破れている。
「ちょっ……ど、どうしたの!? 何があったの!?」
「………たすけて……ゆたか………」
「えっ……!?」
無意識に弟にすがりついていたみのりは、ハッと我に返ると、背筋を伸ばして首を左右に振る。
「あ、なんでもないの!演技演技!」
「何が演技だよ…!大体、服破れたりして…」
「あ、コレね!これちょっと引っ掛けて破いちゃっただけ!大丈夫!
明日はあたしと共演の番組収録でしょ!お互い目腫らさないように早く寝よ!」

「ちょっと!お姉ちゃん!!」
心配するゆたかを背に、みのりは寝室へと篭ってしまった。

翌日。

お互いに、またしても寝不足で腫れたまぶたを冷やしつつ、
初の『姉弟共演』であるバラエティー番組の収録に臨んだ、みのりとゆたか。
駆け出し役者の自分と違って、地位を確立した人気絶頂のグラビアアイドル・榊 みのりの
存在感に負けないようにと、さすがのゆたかも気を張り詰めていた。
(お姉ちゃんのことは心配だけど……今は、目の前の仕事を頑張らなきゃ……!
よ~し……今日は全力で行くぞ!お姉ちゃんに負けないくらい、目立ってやる!)

スタジオに集まる時間までまだ間がある。本番に入る前に姉と話してテンションを上げておこう。
そう思い、姉の楽屋をそっと覗こうとすると……。

「いやぁっ!やめて下さい!」
「そんなこと言っていいのか?みのり?」

中から、姉の叫び声と野太い男の声が聞こえる。

「お前の事が本気で好きだから、お前の仕事をいい様にしてやろうと考えてやってるんじゃないか。
売れっ子になるためなら、こんなこと安いもんだろう?」

「お願いです…困ります……いやあああっ」

姉の、涙声交じりの叫びを耳にし、ゆたかは居ても立ってもいられず楽屋に飛び込んだ。
「やめろ!何するんだ!お姉ちゃんから離れろ!!!」
ゆたかに勢い良く飛び掛られた男は、その弾みで床に叩きつけられ、後頭部を打つ。
みのりと男が離れてホッとするとすると同時に、みのりの衣装が少しはだけていることに気づき、
ゆたかの怒りは頂点に達する。
「このハゲじじい!お姉ちゃんに何してんだ!」
「やめて!ゆたか!それ以上は……!!!」
自分を襲っていたはずの男をかばう、みのり。
「……痛たたた……なんて事をするんだね、君は……。
僕らはただ番組の打ち合わせをしていただけなんだがなぁ」

「何が打ち合わせだ!この……」
「ゆたか……そうか、君がみのりちゃんの弟の榊 ゆたか君だね。覚えておくよ」

後頭部をさすりながら男は立ち上がり、不敵な笑みをゆたかに向けつつ、楽屋を去っていった。

男が何者かであるかよりも、姉の身に何があったのか、心配でならなかったゆたかだが。
これをきっかけに、自らの役者生命が絶たれようとしているとは………
この時は夢にも思っていなかったのだった。

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