[小説]10月の奇跡(4)

小説/本文

二人は、特に示し合わせたわけでもないのに、
何故か足が会社の近所の公園へと向かっていた。
公園へ向かうまでの間、お互い、一言も話さなかった。

「……寒いね……」
公園へ着くなり、橘がぽつりと呟く。
まだ10月とはいえ、夜になるとさすがに冷える。
みはるは、駅で橘に会ってから、ずっと下を向いたままだ。
そんなみはるを、橘はベンチに座るように手招きする。
みはるは、黙ってベンチに腰掛ける。

「……今まで、ごめんね。みはるちゃん」

みはるは、橘が口を開いた瞬間に、体を震わせる。
あの夢とまったく同じセリフである。
「わかってたと思うけど、ここ最近、僕、君のこと避けてた。……ごめん。」
あの夢と同じように、橘の声は、少しかすれている。
「もっとも、迷惑かけたのは、今に始まったことじゃないけど…
…………長い間、嫌な思い、させちゃったね……」

言うべきことはたくさんあるのに、あの夢と同じように、
声が出せない、みはる。黙ったまま首を何度も振る。

「僕はいなくなるけど、これからも、友達で、いてくれるかな…?」
夢なら、ここで黙ってうなずくはずだが…
現実のみはるは、うなずきはしなかった。

「僕のことは気にしないで…………
………兄さんと、幸せにね………」

橘はまだ、柊のプロポーズがウソであったことを知らない。
それを、まず真っ先に否定しなければならないのに。
みはるは、どうしても、どうしても声が出せないでいた。
橘は。
みはるが何か言いたそうにしていることには気付いたが。
下手に別れ文句を聞くと、仙台へ発つ決心が鈍ってしまう。
みはるが言葉を作り上げる前に、会話と閉じようとする。

「…ごめんね。向こうに行く前にちゃんと言っておきたかっただけなんだ。
帰ろう。駅まで送るよ。」

しばらく、みはるはピクリとも動かなかった。
「…どうしたの?みはるちゃん。これ以上遅くなると冷えるから…」
橘は、まるでみはるに帰宅を急かすかのように言う。
橘も、この場には長居はしたくはなかった。
みはると一緒にいるだけで、決心は鈍る一方だからだ。
半ば業を煮やした橘は、どうしても立ち上がらないみはるの肩を掴む。

―――――その瞬間………

みはるの瞳から、大粒の涙が止めどなく流れ出した。
「……みはるちゃん……」
相変わらず、声は出ないままだ。
今はただ、ただ泣くだけしかできなかった。

橘は、そんなみはるを、無意識にでも抱きしめずにはいられなかった――――

抱き合ったまま、動かない二人。
しばらくして、橘が我に返る。
「ご……ごめんっっ!!!ぼ、僕…」
「……ううん……」
みはるも落ち着いたのか、初めて声を出す。
どさくさに紛れて、なんてことしてしまったんだ、
と、橘は顔を真っ赤にする。
またしばらく、二人の間に沈黙が続く。

「そ……そろそろ落ち着いたかな?帰ろうか」
みはるの頬から涙が消えたのを確認すると、
橘は、またしても帰宅を急かす。
黙って首を振る、みはる。

まだ頭が混乱していて、まず何を言えばいいのか
みはるはまだ整理できていなかった。
だが…

 ”あんたが思ってること、そのまんま橘さんに伝えてあげなさいよ。”

姉・みひろの言葉を思い出す。
あたしが、今思っていること………

「……あたし、橘くんが……好き……」

「…………え?」

みはるの、信じられないセリフに、橘は足下がふらつく。
「…柊ちゃんに、プロポーズされて、気が付いたの…
確かに柊ちゃんのことは好きだけど、彼氏にしたいとか
そんなんじゃないの。それに、柊ちゃんは……」

「……兄さんは?」
「橘くんに似てなかったら、きっと見向きもしなかったと思う…」

柊は橘に似ていたから。
ただそれだけの理由で追いかけ回していたのだ。

「…あたし…こーいうことに気付くの、いつもすっごく遅くて…」
みはるの頬に、また、涙がつたう。
「橘くんは……もう……あたしのことなんて好きじゃないよね……?」

みはるの言葉に。
橘はよろけて、芝生に膝をつく。
目には涙が溜まっていた。

「あ…あはは……情けないなぁ……僕……」
不意に流れ出した涙を、橘は必死に拭う。
橘の涙につられ、みはるはさらに涙をこぼす。

「好きじゃないわけ、ないじゃないか……
……誰が死ぬ思いで仙台行き決めたと…思ってるの…」

肌寒い10月の夜の公園で、
二つの影が、再度、重なった……

10月23日、午後。

東京駅の東北新幹線ホームに、見送りの人だかりがあった。
午後1時出発の新幹線で、橘が仙台へ向かうのである。

「笹かま、忘れんなよ!」
満が念を押して言う。
「…はいはい」
おみやげのことしか考えてない満に、橘が軽くため息を付く。
「満、ずいぶん笹かまにこだわるのね」
芹子が呆れる。
「大島さん」
人だかりの一歩前に、眞妃が歩み出す。
「…みはるから聞いたわよ。おめでとう」
「ちょ、ちょっと眞妃ちゃんっ!」
みはるが真っ赤になって眞妃を止める。
「? なあにい?オメデトウって?」
すかさずハリーが眞妃に問う。
「ま、大島さんが新幹線に乗ったら教えてあげるわ」
「なっ、成沢さん!(汗)」

” …まもなく、○番線ホーム、午後1時発、盛岡行きやまびこ47号が発車致します… ”

「あっ、そろそろ行かなきゃ…
…皆さん、お見送りありがとうございました!行って来ます!!」

「…橘くん…!」
車内に飛び乗ろうとする橘に、みはるが名残惜しそうに声を掛ける。
橘は、今にも泣き出しそうなみはるの頬に、そっと触れる。
「着いたら、電話するよ」
黙って笑顔でうなずく、みはる。

「…それじゃ、行ってくるね!」

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