[小説]―― 6月 ――(4)

小説/本文

次の日の朝。
(何だろう…頭がすっごく重たい…)
眞妃は、自宅のベッドに横になっていた。
(あれ…?私…確か明のマンションにいなかったっけ…?)
それで、明の従兄弟に会って…
明の従兄弟はオカマで、そんなに悪い人ではなさそうだった。
だから、文句を言う気も失せちゃって…
部屋にお邪魔して、紅茶をご馳走になった。
それからの記憶がない。
何か…とてつもなく大事なことを忘れてるような気がするけど…
「へ…へ…へっくしゅっっ!!」
(ん…?)

体が妙にコショウ臭い。
(なんなのかしら?…まあいいわ。きっとお酒でもご馳走になって、
記憶がとぎれちゃったのね)

そう思い、眞妃はシャワーを浴びに風呂場へ行った。

『おはよう。眞妃』
会社の最寄り駅に着くと、いつものように、
改札前で明が待っていた。
『……? おはよう』
心なしか、明は元気がなさそうだ。
明は、眞妃が元気そうなのを確認すると、力無く微笑む。

『…昨日は、どうして僕んちに来ていたの?』
おそるおそる、明が尋ねる。
『あ、え…えーとね、明の従兄弟さんってのに一度お会いしたくてね…
でも、なんでかしら…あんまり覚えてないのよね』

眞妃の言葉に、明はほっとする。

『眞妃、聞いて』
明は、突然立ち止まり、眞妃の両肩に手を置いて言う。
『な、何よ…明。会社に遅れちゃうわよ…?』

『…何があっても、僕が本当に好きなのは、眞妃だけだから』

そして…6月。

あれ以来、ジョルジュは眞妃になんの手出しもしてこなかった。
それどころか、眞妃がマンションを訪れると、
精一杯のおもてなしをするようになった。
明の日本語は、相変わらずの「オカマ口調」だが、
眞妃の前では英語で話すし、逆にその「オカマ口調」が
営業で大ウケしているのだというから、文句は言えなかった。
相変わらず、明とジョルジュの仲の良さに嫉妬をしていたが、
ジョルジュを「いい人」と認識している眞妃はその事を
あえて口には出さないでいた。

(そういえば…明日ね…)
部屋の壁に貼ってあるカレンダーに目をやる。

6月29日月曜日。明の誕生日だ。

明日は、二人で有給休暇をとって会う予定だ。
眞妃は、左手の薬指にはめた、銀製の指輪を見つめる。
先月、5月7日の誕生日に、明から贈られたものだ。
宝石も何もついていない、ごくシンプルな指輪。
眞妃から明へのバースデープレゼントは決まっていた。
彼女が今、左手の薬指にはめている物とお揃いの指輪である。

眞妃は、明日何を着ていこうか、クローゼットから服をどっさりと取り出して、
ご機嫌に服を選び始めた。

”関東地方は、低気圧が停滞しており、金曜、土曜に引き続いて、一日雨となるでしょう… ”

(雨か…ま、梅雨時だし…しかたないか…)
眞妃は、金曜日に会社から持ち帰った折り畳み式の置き傘を、
バッグの中に詰めた。

6月29日 月曜日、午後12時。
待ち合わせ場所へ来るなり、雨が降り出した。
天気予報通り、あいにくの悪天候である。

眞妃は、持っていた傘を広げ、明を待つ。
だが、待ち合わせの時間を1時間過ぎても、明は来ない。
(なんなのよ…もうっ!)
もともと割と時間にルーズな明は、10分15分の遅刻は当たり前だったが、
1時間も遅刻したことは、さすがになかった。
自宅に電話したが、留守電だった。
(まったく…一体どうしたってのよ…)
仕方なく、眞妃は明のマンションへ足を運んだ。

「ジョルジュさんも…留守なのかしら」
眞妃は、明のマンションのエレベーターの中で、
あらかじめ明に渡されているマンションのカギを取り出す。
5階。
明の部屋は、エレベーターから一番近い所にある。
眞妃は、ドアの前に立ち、インターホンに手を触れようとする…
(…え!?)
よく見ると、ドアが数センチ、開いている。
(やだっ…何で開いてるの!?)
おそるおそる、ドアを開く。音もなくドアは開く。

中は…カーテンがしまっていて、電気もついていない。
昼間なのに、気味の悪いくらい、暗い。
「あ…あきら~?」
小声で、眞妃は明の名を呼ぶ。

「……いいのォ?もうデートの時間じゃないの?」
「いいわよォ…少しくらい遅れたって…」

奥の方から、二人の男の会話が聞こえる。
まぎれもなく、ジョルジュと明の声である。

「…そんなことしたら、ハリーちゃんの大事な眞妃ちゃん、ヒステリー起こしちゃうわよ?」
「…だーいじょうぶよぉ、眞妃ちゃん僕のこと信用してるから…」

(……え…っ?)

「…だっけどぉ~、眞妃ちゃんに悪いわあ~…」
「いいんだってば、眞妃は。アタシが好きなのはジョルジュだけよ♪」

(…な…な…何ですって!!??)

信じられない、明の言葉に眞妃は一瞬にしてキレて、
声のする部屋の奥へ飛び込んだ。
『明!!!』

そこで眞妃が見たものは…
彼女にとって、信じがたい光景だった。
声の主は、もちろん、明とジョルジュ。
二人は、ひとつの布団にもぐり、二人とも裸だった。
『…ま…眞妃!!』

眞妃は。
もう、
『どーいうことなのよ、これは!!』
『私を好きだっていったのは、ウソだったのね!?』
…と、反論する気も、一瞬にして失せていた。

ただ、
ただ………

涙をこぼすだけが精一杯だった。

「ふふっ、ばっかみたい」
眞妃は、会社の近所の公園で、一人たたずんでいた。
雨は降り続いている。
だが、傘とバッグごと、明のマンションに投げつけてきてしまったので、
眞妃は雨をよける物を持っていない。
ただただ濡れていくばかりだ。

『…何があっても、僕が本当に好きなのは、眞妃だけだから』

あの言葉はなんだったのだろう。
私を疑わせないためのウソ?
それとも…

眞妃は混乱していた。
あまりにも突然の出来事に。
けれども、混乱した頭でも、ひとつだけ分かることがある。

明との恋は、終わったのだ。

次の日から、明は1週間、会社を休んだ。
けれども、その事に触れもしない眞妃を見て、
周りの人々は、二人の関係が終わったことを知った。

1週間後、久しぶりに明が出社してきた。
相変わらずのオカマ口調が、よけいに眞妃の感情を逆撫でさせた。
周りの人たちに御久しぶりの挨拶を済ませると、
明は、眞妃の元へ歩み寄ってきた。
『ま………成沢さん』
明は、眞妃がマンションに投げつけていったバッグと、
折り畳み傘を手渡す。
「……………………」
眞妃は、何も言わずに受け取る。
『…話したいことが、あるんだけど』
「私はないわ」
今となっては、英語で話すことも嫌だった眞妃は、日本語で受け答えする。
「…二度と…私の前に顔を見せないでちょうだい」
『………ごめん』
とりつく島もない眞妃を見て、明は一言謝ると、
寂しそうに去っていった。

眞妃に、あの現場を目撃され、それから
明が休んでいた一週間の間。
明は。
ジョルジュが、眞妃がマンションを尋ねてくるのを予想して、
あらかじめマンションのドアを開けておいていたことを知った。
眞妃が襲われかかった、4月。
あれ以来、ジョルジュは何も事を起こしていないわけではなかった。
明は、自分を愛してくれなければ、眞妃を殺す、と、
脅しをかけられていたのだ。
そこで、眞妃を守るために、ジョルジュの言うことはすべて聞き、
ジョルジュを愛する「フリ」をしていたのだった。
けれども、それを逆にジョルジュに利用され、
あの状況を作り出された。

あの後、明は眞妃を追いかけようとしたが、ジョルジュにしがみつかれ、
追うことが出来なかった。とっさに明は、ベッドのわきにあったステンレス製のくずかごを
ジョルジュの後頭部に命中させ、気を失わせた後、そのまま警察へと引き渡した。
今、ジョルジュは恐喝容疑で塀の中だ。

何があっても、明は眞妃のそばを離れるべきではなかった。
ジョルジュが眞妃を殺そうとするのなら、ジョルジュの言うとおりになんてせずに、
自ら眞妃を守ればよかったのだ。

けれども今となっては、もう遅い。

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