[小説]遠い日の慟哭(2)

小説/本文

午後10時。

「遅ぇな……真砂のヤツ……
どこまで探しに行ってんだか…ったく」

学校からなかなか戻らない真砂を、浪路はイライラしながら待っていた。
もっとも、真砂は友人が多いので、学校帰りに友人の家によって
朝帰りなんてこともざらなので、親は特に心配はしていないようだが。
だが、『大事な落とし物』探しの帰りに友人の家によっていく余裕があるだろうか。
事情を知る浪路は、さすがに少し不安になっていた。

 ”トゥルルルルル… ”

電話が鳴る。真砂からか?
浪路はワンコールで電話を取る。
「はい、東堂です!」
『東堂さんのお宅ですか。警察の者ですが』

(…け、警察!?)

『お宅の娘さんを保護しています』

…という、警察からの連絡を受け、
真砂のいるとされる警察署へ向かう、浪路、そして両親。
そこには、変わり果てた真砂の姿があった。
「……真砂……!!!!」
浪路が震えた声で名を呼ぶ。
だが、真砂は応答しない。
体中、殴られた後があり、目はうつろで、
心がここにあらず、といった状態だ。
瞳からは、止めどなく涙が流れている。

警察が必死で捜索しているようだが、
真砂を襲った犯人達は、見つかっていない。
現場の状況から、犯人は同じ高校の生徒だと思われるが、
足取りは掴めていないそうだ。

(…なんで…なんでこんなことに……!!!)

ひたすら泣き続ける真砂と共に、
浪路も涙を流し、力無くその場に膝をつく。
(おやじ…おふくろは…?)
この状況に、両親はどう思っているのか。
自分と同じ心境に決まっているだろうが…
浪路は涙でボロボロになった顔を、両親のいる方向に見上げる。

「……『とんでもないこと』になったな……」

父が、ポツリと呟く。
浪路は、その『とんでもないこと』とは、
真砂が襲われたことを指すのだろうと思っていたが、
何故か、その言葉に少しだけ違和感を感じていた。

それから、一週間後。

真砂と浪路は、学校には行っていない。
真砂はもちろん、下手をすれば浪路までもが疑われるためだ。
あれから何度か、例の事件や、『女を男子校に通わせていた』ことに関して、
警察や学校側から電話があったりしたが、
本人が急病のため、と、両親が知らぬ存ぜぬを通しているらしい。

事件以来、一言も口を利かなくなった真砂を、
浪路がつきっきりで面倒を見ている。
「テレビでも見るか?」
浪路が優しく問いかけるが、真砂の返事はない。
だがそれでも、浪路はめげずに笑顔で応対する。
「こんな真っ昼間じゃ、お前の好きな番組やってねーよな…
ワイドショーでも見るか?はははは…」

苦笑いしながらそう言うと、浪路は無造作にテレビのリモコンを取り、スイッチを入れる。
次から次へと、いろんなチャンネルを回す。
「おっ、ニュースやってんじゃん!世界の情勢でも知るかー?」
特にめぼしい番組がないため、浪路はニュースをやっているチャンネルを回す。

 ”次のニュースです。今日午前2時頃、○○県××市の国道で、
高校生の乗った車がガードレールに衝突し…”

「へー、うちの近所だな!」
浪路が他人事のようにあっさりと言う。

 ”乗っていた5人全員が死亡しました”

ニュースのキャスターが、淡々と死亡者の名前を読み上げていく。
死亡者の顔写真が映し出される。
亡くなったのは、浪路達と同じ高校の生徒5人らしい。
「え、うちの高校の生徒!?」

「…………あ…………」

事件以来、一度も口を開かなかった真砂が。
体を震わし、わなわなとテレビの画面を指さしている。
「ど、どうした!?真砂!!」
「俺を……こいつら……俺を…襲った……ヤツら……」
「…なんだって…!?」
涙を流しながら、震え続ける真砂を見て、
浪路は、この数日間の騒動で、忘れていたことを思い出した。

東堂家に生まれた女性は、例外なく、男性として育てなければならない。
男性と結ばれてはならない。
それは、東堂家に古くから伝わる、絶対的な掟であった。
だが真砂は、本意ではないにしろ、東堂家の掟を破ったことになるのである。
東堂家の女性が、掟を破ったその暁には……

「俺が…俺が…こいつらを……殺したんだ……!!!」
真砂の震えが、次第に激しくなる。
「何言ってんだ!!…こんなヤツら、死んで当然なんだよ!!!
ザマァミロじゃねぇか!!お前が気にすることねーよ!!!」

「……殺した……俺が……」
「真砂!!!」

東堂家の女性には。
男性と結ばれると、その相手の男性を不幸に陥れ、
死なせてしまうという原因不明の因縁がある。
…それを防ぐために、東堂家では女性が生まれると
生まれたときから男性として育て、
男性に興味を持たないようにさせることで、
その悲劇を繰り返さないための防護策としているのであった。

そして、その掟を破ってしまった、いや、破られたと言った方が正しいか。
真砂にも、例外なく因縁が働いてしまったのである。

その日の夜。
浪路が少し目を離したスキに。
ひっそりと、真砂は姿を消した。
そして翌日。
東堂家に、警察からの2度目の通報が入る。
署に、娘を『安置』しているから出頭するように、と。

『保護』ではなく、『安置』。

真砂は。
暴行されたショックからではなく。
もう2度と、言葉を話せなくなった状態で
浪路の元へ、帰ってきた。

5人もの命を奪ってしまった、という
罪の意識に苛まれた姉、真砂は。
自らの命を絶つことで、その償いとしたのである。

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